牛のストレス分析がスタートアップ界隈で話題!
■牛のストレス評価(NEDOシーズ)
牛のストレス状態を客観的に評価・可視化する技術で、動物福祉や生産性向上の観点から国際的に注目されているテーマ。
従来は経験や観察に依存していたストレス管理を、データ・センサー・AIなどで定量化する流れ。
品質向上・疾病予防・持続可能な畜産への貢献が期待されている。
https://wakasapo.nedo.go.jp/seeds/seeds-5583/
■B-som(近大発スタートアップ)
牛の血液中タンパク質をAI解析し、出荷1年以上前に肉質や枝肉重量を予測する技術。
「解体まで分からない」という畜産の課題を解決し、飼育改善やコスト最適化を可能にする。
個体差の可視化により、牧場経営の安定化や高付加価値化に寄与する。
https://b-som.com/
課題のサマリー
鹿児島県内屈指の規模を誇るメガ畜産農家(上久保グループ有限会社畠久保牧場・有限会社上久保畜産)の経営者と、現場で牛と向き合う40名のスタッフ。
鹿児島県の広大な肥育牛舎。
1頭80万円の仕入れ投資に対し、肉質(利益)を左右する「ハエ・暑さ・衛生」という変数があまりに多く、かつそれらを客観的に計測・制御する手段が存在しない。
課題説明
現在の和牛肥育経営は、急激なコストプッシュ局面(仕入れ値・飼料代の高騰)にありながら、最終的な売価を決定する「肉質ランク」をコントロールしきれないという、製造業としての構造的課題を抱えています。1頭約80万円で仕入れた子牛を20ヶ月育て、出荷時に枝肉を切り開くまで、そのランク(A4、A5など)は確定しません。
現場では、肉質を左右する要因である睡眠量、採食量へ「ハエのストレス」「夏季の高温」「寝床の衛生」が影響するであろうと認識されていますが、それらに対する解決策は極めて限定的です。10日に1回の薬剤散布や目視による清掃など、労働集約的な対処療法に留まっており、その効果を定量的に測定する手段も存在しません。
既存のIT管理ツールは個体識別やトレーサビリティには機能していますが、肉質を左右する「日々のストレス因子」の除去という、現場の物理的な負債を解消するには至っていないのが現状です。
上久保グループ有限会社畠久保牧場・有限会社上久保畜産さん プロフィール
有限会社畠久保牧場 代表取締役会長:上久保操さん
株式会社Meatyou 代表取締役:森友博美さん

インタビュー
肥育経営の収支構造と「出口」の不透明性
──まず、上久保グループ有限会社畠久保牧場・有限会社上久保畜産における肥育のサイクルとコスト構造を教えてください。
上久保: 私たちは7〜8ヶ月の子牛を市場から仕入れ、そこから20ヶ月弱の期間をかけて育てます。生まれた時から数えると、2年強で出荷という流れです。現在、このビジネスで最も大きなインパクトを与えているのが、子牛の仕入れ価格の高騰です。血統が良いものだと1頭80万円ほどになります。
──それだけの投資をして、売値はどう決まるのでしょうか。
上久保: 指定の屠畜場に持ち込み、枝肉になった段階ではじめて価格が決定します。具体的には、枝肉の2分体で第6~第7肋骨間を切り開き、その断面を見てランクが決まる。A4、A5といった格付けがあり、その中でもさらに10段階ほどの細かい評価に分かれます。
──出荷するまで、正確な価格はわからないということですか。
上久保: はい。切り開いてみるまでわかりません。値段はまさにピンキリです。一方で、コスト側は子牛代だけでなく、エサ代も上がっています。とうもろこしや麦などのオリジナルブレンド、さらに固形の藁キューブを毎日2回と、おやつも与えています。売値(枝肉価格)が上がらない中でコストだけが膨らんでいるのが現状です。
「ハエ問題」——2種類のハエと防除の限界
──ハエが牛のストレスになっていると伺いしました。
上久保: 「ハエ」は大きく分けて2種類います。牛の周りをブンブン飛んでいるだけのハエと、牛の皮膚を刺して血液を吸うハエです。後者は特に、牛に直接的な痛みとストレスを与えます。
──現在はどのような対策を講じているのでしょうか。
上久保: 10日に1回くらいのペースで薬を噴霧しています。スタッフが作業にあたりますが、1回につき2~3時間はかかってしまう。しかし、その噴霧にどれほどの効果があるのか、実はよくわかっていません。ハエがエサに沸いているのか、あるいは他の場所なのか、原因が特定できていないからです。
──効果が不明でも続けざるを得ない。
上久保: やらないよりはマシだろう、ということで続けています。ハエは蛆虫(うじむし)の段階で殺してしまわないと、成虫になってからでは手がつけられません。
ハエによるストレスが肉質にどう影響しているのか、その結果が出るのは2年後です。かつて宮崎県で口蹄疫が発生した際も、ハエが媒介したのではないかと言われました。ストレスだけでなく、外部から病気を持ち込むリスクも常に抱えています。

ストレスの定量化と、計測不能な「負の影響」
──牛がストレスを感じているかどうかを判断する客観的な指標はありますか?
上久保: 現状、数値を測るような指標はありません。
ですが、良い肉質の牛を育てるには「よく食べて、よく寝て、太ってもらう」ことが不可欠です。和牛は太らせるために歩かせないようにしています。ハエが周囲を飛び回ることで、牛が睡眠不足になったり、食事の量が減ったりしている様子は、現場で見ていればわかります。
──気候(暑さ)によるストレスについてはいかがでしょうか。
上久保: 暑さも深刻です。暑くなると牛は水分を大量に摂ります。そうすると脂分が多くなりすぎたり、芯ができたりと、影響が見られるんですよね(サシの入り方が偏る)。一方で、水分を摂らなさすぎれば熱中症になってしまう。このバランスをどう管理するかが課題です。
──他にも、外部環境が影響する事例はありますか?
上久保: 実は、牛も花粉症なんじゃないかと思ったりしていて。一番外側に面している牛だけが、顔を痒そうにしていたり、鼻水を出していたりする。これが肉質にどう影響しているのかは、現時点では不明です。
労働環境と衛生管理:清掃の物理的ハードル
──牛舎の清掃、特に「寝床」の状態についてはどう管理されていますか。
上久保: 牛の寝床は、ふかふかで清潔な方がいい。和牛は長時間そこに留まるので。しかし、その場で糞尿をするため、清潔さを保ち続けるのは物理的に非常に困難です。5,000頭規模になると、毎日すべての床を掃除することはできません。
──現在はどのような清掃プロセスなのですか?
上久保: 一定の期間で一気に床を掻き出し、それを堆肥にするというやり方です。理想を言えば、床の掃除と同時に、先ほどお話ししたハエ対策の噴霧が一気に行えるような仕組みがあれば、人手不足の解消にも繋がりますし、非常に助かります。
管理技術の現状と、将来への危惧
──個体識別などのデータ管理はどこまで進んでいるのでしょうか。
上久保: 鼻紋(びもん)で個体を識別しています。生まれた時に鼻紋をとり、JAなどのデータと紐づけてトレーサビリティ管理がなされています。万が一、牛が盗まれても、屠殺できる場所は限られているので、各地に鼻紋データを共有しておけば追跡は可能です。
──このままの環境が続いた場合、どのような懸念がありますか?
上久保: コストだけが上がり続け、売値(肉質)が安定しない状態が続けば、いずれ和牛という産業自体が成り立たなくなります。今は中国への輸出制限がありますが、シンガポールなどへは輸出を続けています。もっと多くの人が、安定した品質の和牛を食べられる状態にしなければ、国内の畜産農家は立ち行かなくなるでしょう。
誰かの困りごとを、次の事業に変える一歩を踏み出しませんか。