島根県出雲市の小型底引き網漁業者
島根県出雲市
・現場:5人体制で操業する漁船
・状況:1人でも欠員が出ると出航ができなくなる、代替のきかない「カツカツ」のチーム編成
・人員確保が経営のボトルネックになっており、1人の欠員が即「事業停止」に直結する。
・募集をかけても人が集まらず、採用できても定着しないという負のスパイラル。
・「明日の出航すら危うい」という不安定な状況により、船長自身の精神的負担と廃業リスクが日々増大している。
課題説明
漁業の現場は、自然条件に強く制約された「時間軸の歪み」を抱えている。日本海側の小型底引き網漁業では、6〜8月は休漁期間、冬季は時化で出航日数が月10日未満に制限される。一方で、好漁期に人員が不足すれば、その瞬間の機会損失は取り戻せない。つまり「出られる日に出られない」という一点で売上がゼロになる非連続な収益構造が存在している。
コスト構造も非対称である。船員は歩合制であるため、人が少なければ個々の取り分は増えるが、そもそも出航できなければ収益は発生しない。また、採用のために月額7万円の紹介サービスを契約しても、紹介数やマッチングの質は保証されない。固定費的に支出が発生する一方で、収益側は自然条件と人員に強く依存するため、経営の安定性が著しく低い。
技術的な空白も大きい。現在の採用手段はハローワーク、民間紹介会社、自治体経由といった「点」の接点に依存しており、労働市場の全体像は可視化されていない。また、漁業特有のスキル適合性(船酔い耐性や長時間拘束への適応など)は事前に測定しづらく、体験乗船を経ないと判断できない。これは一般的な職種のマッチングプラットフォームでは吸収できない構造的制約である。
さらに、心理的負債も無視できない。本来、漁師のやりがいは「獲れば売上になる」という直接的な成果にある。しかし現実には、複数企業を比較する求職者との不透明な交渉や、採用プロセスの長期化に直面し、「1週間待たされた末に辞退される」といった事象が発生する。これは現場にとって非連続で理解しづらい意思決定プロセスであり、強いストレス要因となっている。
加えて、情報の非対称性も顕著である。例えば、漁業者同士で「どの時期に人が余り、どの時期に不足するか」という情報は共有されていない。そのため、本来であれば成立し得る「船員の一時的な融通」も、個人的な関係性に依存した偶発的なものに留まっている。結果として、産業全体で人材が最適配置されていない状態が続いている。
樋野徹さん プロフィール

インタビュー
自然を相手にする海仕事。波の高さや天候次第で、漁には出られない日も。
──まずは、忠栄丸について教えていただけますか?
小型底引網漁と呼ばれる漁法で、水深100〜200mくらいのところで網を1時間ほど引いて、カレイやノドグロ、ヒラメ、アンコウなどを獲っています。
6・7・8月の3ヶ月間が休漁期間なので、9月から翌年5月までの9ヶ月間操業しています。10〜11月は量も値段も一番いい時期です。12月も年末年始で値段が上がる。ただそこから時化の季節に入るので、12〜2月は値段が良くても海に出られない日が続きます。12月はよくて10日ほどしか漁に出られていないですね。
──漁に出られない日は、船員の皆さんはお休みになるのでしょうか。
基本的にはお休みです。
夏場の3ヶ月に漁で使う網を作っているんですが、それを冬場の出られない日に前倒しで進めるようにもなってきました。

1人欠ければ止まる——極端に脆弱な操業体制
──現在の人員体制と課題について教えてください
実際に船に乗っているのは5人です。理想は6人なんですが。
今年は怪我人と退職者が出て、2ヶ月ほど全く出航できない時期がありました。5人でやっていると、そういう事態が起きたとき漁に出られなくなる。1人欠けるだけで船が出せなくなるのが、一番きついですね。
採用しても定着しない——体験しないと分からない仕事
──採用活動はどのように行っていますか
ハローワークと、漁業専門の紹介会社、それと市役所の農林水産課経由です。紹介会社には月7万円払っていますが、紹介数はそれほど多くないです。
──採用プロセスで難しい点は何ですか
未経験の方が8割で、実際に乗ってみないと分からないんですよ。やる気があっても、乗ったら「船酔いしてしまうので無理です」となるケースもある。今年、東京からIターンで挑戦したいという方を市役所から紹介いただきましたが、体験乗船をしたところ船酔いが激しく、採用にはつながりませんでした。
経験者を採用できるのが一番ですが、なかなか難しい。紹介会社から紹介される方の8割ほどは未経験の方です。
──実際の体験乗船は毎回行われているんですか?
全く船に乗ったことのない方には、こちらから勧めています。
過去に、採用して全ての手続きを終えてから1〜2日で「やっぱり無理です」と退職されたケースもあったので。一度話をして、船にも乗ってもらって、本当に大丈夫であれば一緒に働くという流れが理想ですね。

人気がない理由は「時間の読めなさ」
──底引き網漁は、様々な漁業の方法がある中で採用が難しいと聞きました。
ハローワークの担当者と話していると、そもそも漁業自体の閲覧数が少ないと聞きました。他の職種に比べて検索されにくい。
また、漁業の中でも、拘束時間の長さから不人気だと言われています。家には帰れるのですが、早朝に出て夕方に戻る。定置網漁であれば朝に出て1時間ほどで網を上げ、丘作業も午前中で終わりますし。
それから、休みが読めないことも大きい。時化たら休み、凪いだら出るので、予定が立てられない。若い人にはそこがきついと思います。
助っ人船員の可能性は?人材シェアリングを阻む要因。
──正社員としての採用ではなく、助っ人に来ていただくことはできないのでしょうか?
去年の12月に一度ありました。どうしても人がいなかったとき、前からの知人が1ヶ月だけ手伝ってくれたんです。
今は松江の大敷網の船に乗っている方なんですが、12月は網仕事の時期で。その船の社長に頭を下げて、なんとかその時期を凌ぎました。
──そうした人材のシェアリングが広まることは現実的だと思いますか?
会社によっては、漁に出ない時期に網の補修をするよう決めているところもあるので、現実的かどうか…。人の多い会社なら「一人くらい」ということもあるかもしれないけれど、漁に出ていない間も網の補修や船の管理とやることはあるので、タイミングが合えば、という感じでしょうか。
12月の件は、個人のつながりがあったから偶然声をかけられた。もしかすると、どの時期に何人余りそうかを各社でアンケートを取れるようになると面白いかもしれない。船員手帳を持っている人でないと乗せられないので、そこさえクリアできれば借りることもできるし。
船員手帳とは、船員の身分証明書であり、漁船やその他船舶で就労する場合は、船員法の規定により、受有しなければならないとされています。
──漁師さん同士のつながりは、今どのように作られていますか。
出雲地区の小型底引き網の集まりもあれば、大田にも同じような集まりがあります。年に2回くらい、お酒を飲みながら漁の話をしていますね。
海に出ているときは無線で毎日情報交換もしています。「今日はどこどこの波が高いよ」といった感じで。
──船員のシェアが行われている事例は聞いたことがありますか。
ないですね。調整役がいないというより、社長によってタイプが全然違うからかもしれない。何かあったときの責任の問題もあるでしょうし。
もしうちが夏場に船員を手伝いに派遣してほしいと言われたら、本人が希望するならいいと伝えますね。別の漁を経験してみるのもいいことだから。
誰かの困りごとを、次の事業に変える一歩を踏み出しませんか。