奈良県五條市・西吉野エリアの柿農家
■ どこでの困りごとか
約4ヘクタール・約1,500本規模の柿農園
■ どんな困りごとか
広大な果樹園管理の中で鹿の食害に直面している。
約4ヘクタール・約1,500本規模の農園において、特に新芽や若木が継続的に破壊されており、柵や電気柵といった既存対策はあるものの、コスト・運用負荷・効果の限界が顕在化している。
課題説明
柿栽培は、苗木から収穫まで数年単位の時間を要する長期投資である。しかし鹿は、その初期段階・特に新芽や若木を重点的に食害する。つまり「将来の収益源」が短期間で破壊される構造になっており、投資回収の前提そのものが崩れる。さらに被害は夜間・広範囲で発生し、発見の遅れがそのまま損失の拡大につながる。
コスト構造
コスト構造にも矛盾がある。西吉野の柿はブランド果実であり、一般的な果樹と比較しても単価・収益性は高い水準にある。しかし、それでもなお防御投資は合理化しにくい。個別農家は年間10万円程度の対策費を投じながら、柵は分割施工・段階導入せざるを得ず、「守られていないエリア」が常に残る構造になる。さらに、柵は設置すれば終わりではなく、破損対応や電気柵の通電管理、周辺の除草といった運用コストが継続的に発生する。
加えて決定的なのは、これらの投資を行っても被害を100%防げない点にある。一定の効果はあるものの侵入は完全には防げず、「どこまでやれば十分か」が見えない。その結果、費用対効果を実感しにくく、投資判断が常に不確実なまま残る。収益性のある作物でありながら、防御コストの回収可能性が読めないという構造的な歪みが生じている。
技術
「検知と特定」の空白が大きい。どこから侵入され、どの対策が破られているのかをリアルタイムで把握する手段がない。電気柵も、草や枝が接触するだけで一部機能停止するが、その異常を即座に検知できない。広大な農地に対し、カメラ設置などの既存ITソリューションはコスト・運用の観点から現実的ではない。
心理的・社会的な制約
地域全体での柵設置は「公平性」の問題から段階的にしか進まず、本来有効な「局所最適な防御」が実行できない。また、鹿は完全排除すべき存在ではなく、生態系とのバランスを前提とした共存が求められるため、意思決定がより複雑になる。
情報の非対称性
被害の実態(どのエリアで、どの程度、どのタイミングで発生しているか)がデータ化されておらず、農家ごとの経験に依存している。そのため、地域全体での最適な対策設計や投資判断ができず、「個別最適の積み重ね」にとどまっている。
宮田さん プロフィール
奈良県五條市・西吉野地域で柿農家見習いとして従事。家業として約4ヘクタール・約1,500本規模の柿農園に関わる傍ら、ドライフルーツ加工も手がける。現在は父親のもとで栽培・剪定・獣害対策を学びながら、現場の課題に向き合っている。
インタビュー
剪定すら裏目に出る——「人間の最適化」が鹿の最適解になる
──柿農家として、鹿被害はどのような形で現れていますか?
一番わかりやすいのは新芽ですね。春先になると、前年の枝から柔らかい芽が出てくるんですけど、それが鹿にとってはすごく美味しいらしくて。朝見に行ったら、前日まであった新芽が全部なくなっている、ということが普通に起こります。
新芽は単に「食べられる」というだけではなく、その後の成長を左右する重要な部分です。本来であれば、複数出てきた芽の中から良いものを選んで一つに絞り、果実の質を高めていく工程がある。しかし鹿はその前段階で芽を食べてしまうため、人間側の選択の余地がなくなる。
しかも、小さい木だともっと深刻で、枝ごと全部食べられてしまうこともあります。主枝一本だけ残して、あとは全部なくなる。そうなると木自体が弱ってしまって、最悪枯れることもあります。

──栽培上の工夫が逆に被害を招くこともあるのでしょうか?
あります。柿の木は放っておくと上にどんどん伸びるんですけど、作業しやすいように剪定して高さを抑えて、横に広げていきます。風通しや日当たりを良くするためにも必要な作業です。
でも、それによって鹿の口の届く高さに新芽が集中することになる。
本来は収穫効率を上げるための剪定が、結果として鹿にとっても「食べやすい果樹園」を作ってしまうんです。
現場ではエリアごとに被害の傾向を見ながら、「どうせ低い位置の枝は食べられるから、高い位置の枝を多めに残す」といった調整も行なっており、今は父親からそうした選定の調整も学んでいます。
「植えた瞬間に失う」——若木投資の崩壊
──被害の中で最も精神的にきついのはどこですか?
やっぱり枯れてしまうことですね。例えば去年、レモンも何本か植えたんですけど、全部やられて一本だけ残った状態になりました。植えた直後から食べに来るので、育てているというより「与えている」感覚に近いです。
柿の場合も、ある程度育てば耐えられますが、子どもの木だとやっぱり弱くて。特に山に近いエリアでは被害が顕著で、「何を植えてもやられる」という状態に陥る。
山奥のスペースを使わせてもらったことがあるんですけど、そこは本当に何を植えても全部やられました。鹿が多い場所だと、そもそも栽培が成立しないレベルです。
──なぜそこまで被害が増えているのでしょうか?
はっきりした理由は分からないですが、父親は「山に食べ物がなくなって降りてきたんじゃないか」と言ってました。降りてきたら農地に栄養のあるものがあるので、それで繁殖も増えているんじゃないかと。
防げない柵、追いつかない運用
── 現在の対策はどのようなものがありますか?
基本は柵と電気柵、あとはネットですね。高さ2メートルくらいの柵もありますが、それでも飛び越えてきます。
高い柵は設置するのも結構大変なんです。金網を敷き、支柱を立て、固定していく工程は複雑で、一人では対応できないですし。さらにコストの問題もあり、広大な農地全体を一度に囲うことはできないものだなと思います。
毎年10万円くらいを目安に、少しずつエリアを区切って設置しています。今年はここ、来年はこっち、という感じです。ただ、その間は守られていない場所が残るので、そこから入られてしまう。
電気柵も万能ではありません。草や枝が触れることで通電が止まってしまうのですが、すぐに気がつけるものでもないですし、その状態のままだと普通に通れてしまいます。
鹿は物理的に柵を破壊することもあり、設置後も継続的な修繕が必要になります。一度投資すればOKというものでもなく、維持にもコストがかかりますね。

── ネットは比較的有効だと感じられているんですよね。
鹿は自分の角にネットが絡まるのが嫌がるらしく、ネットは効果を感じています。ただ、効果は感じているものの一つ一つネットをかけていくのは現実的ではないですよね。

地域で守るか、個別で守るか——意思決定の歪み
── 地域単位での対策はどうなっていますか?
地域で大きく囲う取り組みもあります。ただ、一気にできないので順番にやっていく形になります。
ここで問題になるのが公平性である。どのエリアから優先的に守るかという合意形成が難しく、結果として最も被害が大きい場所から対策することができない。
本当は小さいエリアごとに守る方が効果は高いんです。でもそれだと「なんであそこだけ先なんや」となる。順番待ちの間に木が枯れてしまうので、正直厳しいです。
「見えないから対処できない」——監視の不在
── 運用面でのボトルネックはどこですか?
どこから入られているか分からないことですね。4ヘクタールあるので、毎日全部見回るのは無理です。壊れている場所や侵入経路が分かればすぐ対応できるんですけど、それが見えない。
カメラなどの導入も検討の余地はありますが、広さとコストの観点から現実的ではない。また音や光による威嚇も、鹿が慣れてしまうことで効果が薄れていると地域の人からも話を聞きます。
昔は車で近づいたら逃げてたんですけど、今はじっと見ているだけです。人にも慣れてきていて、怖がらなくなっている感じがあります。

「共存」の前提が難しさを増幅する
── 鹿を完全に排除したいという考えですか?
農家の立場としては、完全にいなくなって欲しいですが、それは違う気もします。鹿がいなくなると生態系が崩れる可能性もあるので、適度な距離感があればいい。
── 捕獲は進んでいるのでしょうか?
罠は設置していて、何十頭と捕まることもありますが、それでも全然追いつかないです。増えているスピードの方が速いんですよね。
── 猟友会の状況は?
あるにはあるみたいですが、あまり活動は聞かないですね。高齢化や後継者不足もあると思います。
ジビエとして昔は売れていたそうですが、今は数が多すぎて収益化が難しいんじゃないかな?と思うことも、要因になっているのかもしれません。
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