■ 誰の困りごとか
親族の支援がない多子世帯の共働き親
■ どこでの困りごとか
預かり時間が短縮する小学校(小1・小3・小4の壁)と、給食のない夏休み中の家庭
■ どんな困りごとか
① 行政サービスの不一致・欠如
・制度の縦割り: 保育園(厚労省)と小学校(文科省)で時間・給食・選考基準がバラバラ。
・世帯単位の視点不足: 兄弟で合否が分かれると、一人の安全が確保できず親は働けなくなる。
・魔の空白時間: 下の子が先に帰宅する「学年による下校時間のズレ」に対応する枠組みがない。

② キャリア復帰の困難
・不条理な離職: 1.5ヶ月の夏休みを越せず、数十年続くはずのキャリアが強制終了する。
・キャリアのリセット: 預け先問題で一度辞めると、再就職時にスキルが軽視され最低賃金からの再出発になる。

③ 民間サービスにかかるコスト
・働くほど赤字: 多子世帯では民間利用料(月20万円〜)が手取り給与を上回り、経済的に破綻する。
・極端な二択: 「給与以上の出費」か「離職」しか選択肢がなく、中間のセーフティネットがない。

課題説明

時間軸の歪み

保育園から小学校への移行に伴い、社会が想定する「親の稼働可能時間」が一方的に短縮される歪みが生じています。フルタイム前提の保育園に対し、小学校では登校時間の遅れや夏休みの給食消失といった「細切れの家事労働」が突発的に挿入されます。この数時間のズレが企業側の勤務シフトと適合せず、数十年続くはずのキャリアが「夏休み」という短期間の制約によって強制終了させられる時間投資の不整合が起きています。

コスト構造の矛盾

公的学童から漏れた際の選択肢が「給与を上回る民間費用」か「離職」という極端な二択である点が致命的です。多子世帯では民間利用料が月20万円に達することもあり、働くほど赤字になる逆転現象が発生します。さらに、一度の離職がキャリアをリセットさせ、再就職時に最低賃金からのスタートを強いる構造は、個人の生涯賃金のみならず、社会全体の労働力損失という甚大な負債を生んでいます。

技術の空白

既存の行政システムは世帯を「個人の集合」としてのみ計測し、家庭という「不可分のユニット」を捉えきれていない運用上の空白があります。兄弟で合否が分かれれば親の就労が崩壊するという家庭側の論理が、点数制のアルゴリズムに反映されていません。また、ITによる遠隔見守りでは物理的な事故を未然に防げず、学校という遊休資産の転用といったアナログかつ大胆な空間資源の最適化も手付かずのまま放置されています。


高橋香織さんプロフィール

宮城県仙台市出身、首都圏在住の3児の母。就職氷河期世代としてキャリアを歩む中、出産・育児と学童問題により離職を繰り返す。現在はパート・派遣・業務委託などの様々な働き方を模索し、子育てと仕事の両立における制度課題や新しい就労モデルについて発信もしている。

インタビュー

1.保育園と学童の違い

── まずは、高橋さんのご家庭の状況を教えてください。お子さんは3人いらっしゃるんですよね。

はい。現在は高校2年生の長女、小学6年生の長男、小学4年生の次男の3人です。一番上と真ん中が5歳離れているので、わが家は「保育園と学童」という2つの異なるシステムを同時に、かつ長期間追いかける生活がずっと続いてきました。

昨今、少子化を考えて複数人子どもを産んだ方が良いという声がありますが、正直、当事者として3人育ててみると、今の社会システムは3人以上の多子世帯を想定していない、無理があると感じる場面が多々あります。その最たるものが「学童保育」の問題でした。私はこれまで、この問題で3回もキャリアを断絶せざるを得ませんでした。

── 保育園と学童では、そんなに状況が違うのでしょうか?

天国と地獄ほどの差があります。今振り返れば、保育園は「神」のような存在でした。平日の行事も基本的には園側で完結させてくれるし、土曜保育もある。何より「夏休み」という概念がありません。親はフルタイムで働くことが当たり前、という前提で支えてくれるんです。

ところが、小学校に上がると「小1の壁」が立ちはだかります。まず、物理的な時間の壁です。

  • 朝の時間の遅さ:保育園は7時台から預かってくれましたが、小学校(学童)は8時以降。7時半出勤の親はこの時点で詰みます。
  • 夏休みのお弁当:保育園の給食に慣れた身には、1ヶ月半毎日のお弁当作りは相当な負担です。

さらに深刻なのが「行政の縦割り」による弊害です。保育園は厚労省、幼稚園・小学校は文科省と管轄が異なるため、入所のための点数計算がバラバラなんです。保育園では「親族が遠方か」「子供が何人いるか」を細かく加点してくれますが、学童(特に私の住む自治体)ではその配慮が驚くほど少ない。純粋な就労時間と「1年生かどうか」という学年だけで判断されてしまう。この制度の不一致が、多子世帯を追い詰めるんです。

2.学童に入れなかった経験

── 実際に学童に入れなくて困ったことがあるんですよね。

特に多子世帯を絶望させるのが、兄弟で合否が分かれる問題です。私はこれで何度もキャリアを断絶させられました。

  1. 同じ親が育てる兄弟でも、学童に入れない(長男3年・次男1年のケース)
    同じ親が、同じ条件で働いているのに、「1年生の弟は受かって、3年生の兄は落ちる」という結果になったことがあります。行政側は「3年生なら留守番できるだろう」という判断かもしれませんが、親からすれば一人は預けられてもう一人は放り出されると困るんですよね。

    夏休み、1年生を学童へ送り出した後、3年生の兄が1日中家で一人きりになる。その状況で「さあ、仕事に集中しよう」なんて思える親がどこにいるんでしょうか。その時は、役所の通知を見て「アホなの?」と正直思いました(笑)。一人の安全が確保できなければ、結局親は動けないんです。
  2. 魔の空白時間の発生(長男5年・次男3年のケース)
    さらに残酷なのが、学年が上がることで生じる「授業時間のズレ」です。
    • 長男(5年): 毎日6時間授業。帰宅は夕方遅い。
    • 次男(3年): 授業が早く終わる日が多い。学童は落ちている。

      この結果、「一番一人にしておきたくない下の子が、上の子が帰ってくるまでの数時間をたった一人で過ごす」という、最もリスクの高い状況が生まれます。「お兄ちゃんがいるから大丈夫」は通用しません。下の子が先に、空っぽの家に一人で帰るんです。自治体は一人ひとりの「点数」で判断しますが、家庭は一つ。誰か一人が学童から溢れた時点で、親の就労継続という安全網は一気に崩壊します。

私は「入れるから働く」のではなく、「入れないから辞める」という選択をこれまで何度も強いられてきました。夏休み前の6~7月に仕事を辞める時のあの虚しさは、今の「点」でしか判断しないシステムが生み出している悲劇だと思います。

── 「3年生なら留守番できる」という世間の認識と、実際のギャップはどう感じていますか?

特に子どもが男の子の場合、留守番は本当に目が離せません。女の子だった長女の時は、3年生にもなればある程度安心して任せられましたが、男子は想像の斜め上を行きます。

  • 想定外の行動:電子レンジにアルミホイルを入れてチンして火花を散らす。何度教えても「やってみたくなる」のが男子です。
  • 一緒に家にいても起きる怪我:暇を持て余して家の中で暴れ、階段からジャンプして骨折する。消しゴムを突き刺して遊んでいて手を血だらけにする。

実際に仕事中、「ママ、血だらけなんだけど」と電話がかかってきたこともありました。説明を聞いても要領を得ないし、パニックになりますよね。見守りカメラや携帯を持たせていても、事故が起きてからでは遅いんです。さらに、ずっと学童育ちだった子が急に「今日から一人で鍵を開けて帰れ」と言われても、恐怖心がありますよね。こうした精神的なケアも含めると、物理的な「箱」がないことの影響は甚大です。

3.代替手段の検討

── 親御さんや周囲に頼ることは難しかったのでしょうか?

今は関東在住ですが、うちは夫婦ともに出身は宮城なので、物理的な距離があります。親を呼んだり、子供を宮城に送ったりもしましたが、親も高齢。動き盛りの小学生男子を1ヶ月も見きれないんです。今の日本の異常な暑さでは、付き添うおじいちゃん・おばあちゃんのほうが熱中症で倒れてしまうリスクもあります。

かといって民間の学童を探すと、週2回の英語付きで月6万〜10万円といった世界。手取り給与を考えれば「何のために働いているのか」という状態になります。結局、「お金で解決するか、キャリアを諦めるか」の二択に追い込まれるのが今の日本のリアルです。

── 解決策として、民間の学童などは検討しなかったのでしょうか?

検討しましたが、現実的な選択肢ではありませんでした。極端な二択しか残されていないんですよね。

  • お金でどうにかする: 月6万〜10万円もする高額な民間学童に、給料の半分以上を投じて依頼する。
  • キャリアを諦める: 仕事を辞めるか、大幅に時短勤務にして自分で子供を見る。

わが家のように子供が3人いると、民間に預ければ月20万円近くかかります。手取り給与が17万円なら、働くほど赤字です。そうなると、消去法で辞めるしかなくなる。

4.会社を辞めるという決断

── 辞めることによる影響は、その時だけではないですよね。

そこが一番の問題です。学童に入れず一度キャリアが断絶すると、再就職のたびに最低賃金からのリセットを強いられます。10年のキャリアがあっても、企業からは育児優先のスキルのない人として扱われる。

入れないから辞め、その度にキャリアが最下層まで落とされる。この不条理を3回繰り返しました。

── この問題を解決するために、どのような仕組みがあれば良いと思いますか?

一番は、学校という箱の有効活用です。夏休み中、学校という巨大な施設は空いています。先生に負担をかける必要はありません。場所だけ貸して、運営は民間企業や塾、NPOが入ればいい。

「長期休み限定のオープンキャンパス」のような形で、朝から夕方まで預けられ、そこに行けば友達もいて、適度な運動や学習ができる。もしくは、高学年の授業が終わるまでの間だけでも学校内で預かってもらえるような仕組みがある。それが学校内にあるだけで、どれだけ多くの親が救われるか。

今の議論は、すべてが「点」でバラバラなんです。

  • 「社会保険料を払わせたいからフルタイムで働け」という話。
  • 「扶養から外れて自立しろ」という税制の話。
  • 「待機児童を減らしたい」という学童の話。

でも、現場にいるお母さんの視点では、これらはすべて一本の「線」でつながっています。扶養を外れて働こうと決めても、学童が落ちればすべてが崩壊します。窓口の方は「夏休みが終われば枠が空くので、ニーズは低い」と言いますが、それは「夏休みが越せなくてみんな仕事を辞めた後だから」なんです。

昔の「サザエさん」のような家族構成を前提とした仕組みでは、もう限界です。3人産んでほしいと願うなら、3人が同時に、安心して預けられるインフラをセットで考えてほしい。「やってみて初めて気づく不条理」を、政策や新しいサービスを作る方々にはぜひ直視していただきたいです。


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