■ 誰の困りごとか
後継者として銭湯を再生させた4代目経営者
■ どこでの困りごとか
県庁所在地として日本一の源泉数(約270件)を誇りながら、老朽化と後継者不足で年々廃業が続く鹿児島市内の銭湯・温泉業界。
■ どんな困りごとか
① 清掃コストの重圧
・マンパワーなしでは成り立たない: リノベーション後、清掃要員を2名から5名(来月6名予定)に増員。人件費は月約20万円で、リノベーション前比2.5〜3倍に膨らんでいる。
・代替手段の限界: 薬剤・機械・コンパウンドなどあらゆる方法を試したが、マンパワーには勝てない。銭湯の浴場清掃に特化した自動化手段は現時点で存在しない。

② 収益構造の矛盾
・460円の天井: 公定料金460円という上限があり、どれだけ設備を整えても入浴料だけでは収益が伸びない構造。補助金はあっても微々たるもの。
・投資の壁: 清掃コストを含む人件費比率は45〜50%。客数を大幅に増やさなければ黒字化できず、そのためには大規模な先行投資が必要という鶏と卵の関係にある。

③ 業界横断の連携不足
・次世代のつながりがゼロ: 父の世代は組合でつながっているが、30代以下の次世代ネットワークはほぼ存在しない。
・成功事例が波及しない: 薬師温泉のようなリノベーション成功例があっても、業界全体に共有・横展開される仕組みがない。

課題説明

清掃コストの歪み

日々の清潔さが集客に直結する銭湯において、清掃は省くことができない固定コストです。リノベーション後の薬師温泉では清掃要員を2名から5名へと増員し、人件費はリノベーション前比で2.5〜3倍に膨らみました。薬剤・機械・コンパウンド研磨とあらゆる手段を試みてもマンパワーには勝てず、専用の自動化技術は存在しない。清掃の質を落とせばお客が離れ、上げれば収益を圧迫する——このジレンマが、業界全体の経営を静かに追い詰めています。

収益構造の矛盾

公定料金460円という上限が存在する中で、清掃コストを含む人件費比率は45〜50%に上ります。客数を大幅に増やさなければこの比率は成立せず、薬師温泉が黒字を維持できているのはリノベーション後に客数を4〜5倍に伸ばしたからに他なりません。「昔の人数のままでこれだけの人数をかけていたら完全に赤字」という現実は、投資できなかった銭湯が清掃コストに耐えられず廃業へと追い込まれていく構造を示しています。大きく手を入れなければ黒字化できず、黒字化の見通しがなければ大きく手を入れられない——この壁を越えられないまま、後継者が継ぐことを諦めていく。

技術の空白

現時点で、銭湯清掃に特化した機械化・ロボット化のソリューションは存在しません。タイル磨き・サウナマット交換・浴場フロアの洗浄といった複雑な作業を、既存の清掃ロボットは代替できない。業界全体で清掃を共同外注する仕組みもなく、各施設が個別にコストを抱え続けています。この空白が埋まれば収益構造が改善し、「稼げないイメージ」が薄れ、後継者問題の解決へとつながる可能性がある——清掃コストの問題は、銭湯文化の存続と地続きです。


福丸直宏さん プロフィール

鹿児島市出身、32歳。武岡幼稚園副園長と薬師温泉4代目経営者を兼務。1919年(大正8年)創業の薬師温泉を2023年にリノベーションし、客数4〜5倍・収益3〜3.5倍を達成。地域の子どもたちと日常的に関わる中で「銭湯・温泉という鹿児島の文化財産を残す」ことを使命と捉え、入浴料以外の付加価値創出やDX化にも取り組む。後継者ゼロに近いと言われる業界の先駆者として、試行錯誤を続けている。

インタビュー

1. 後継者不足と、それでも継ぐと決めた理由

── 鹿児島の銭湯業界が抱えている課題を教えてください。

うち(薬師温泉)の場合は特殊な面もありますが、鹿児島全体として捉えたときには、やはり「後継者問題」がかなり大きいと感じています。後継者がいないから廃業するという流れが確実にある一方で、うちは継ぎ手がいるからこそ、大きく手を入れる決断ができました。息子さん、娘さんがいらっしゃるけど、東京や福岡で仕事をしていて鹿児島に残らない。自分たちの代で終わりにしようと考えている経営者の方は多いという感触があります。

── 収支が合わないという部分も大きいのでしょうか?

そこは間違いなくあると思います。「稼げる」というイメージがまずない。その上、朝が早くて夜は遅い。基本的にはハードワークなのに実入りが少ない。人気の銭湯、たとえば「錦湯さん」「一本桜さん」「小野湯さん」、常連さんプラスアルファが集まる場所は決まっています。ただ、入浴料460円という上限(公定料金)がある中で、補助金があるといっても微々たるものです。稼げないイメージが強いことが、継承に至らない大きな要因だと思います。

── それでも、福丸さんが継ごうと決められたのはなぜですか?

僕の場合は、地域貢献と、普段から子供たちと関わっていることが大きいです。子供たちが育っていく中で、銭湯や温泉という「街の文化財産」を残していかなければならないと強く思っていました。残すことも閉じることもできる立場にたまたまいたので、それなら残そうと決断しました。ただ、現状のまま残すのは難しかった。しっかり借り入れをして施設を整え、ドリンクやスイーツ、貸しスペースなど「お風呂屋さん+α」の付加価値を視野に入れて、リノベーションを行いました。

2. リノベーションがもたらした変化と、膨らむ清掃コスト

── 事業をやっていく中で、一番高いと感じたハードルは何ですか?

ビジョンや前例がないことですね。「継げるなら継ぎたい」と思っている人はいるはずですが、それで食べていけるだけの稼ぎを出せるのかというビジョン、あるいは成功事例がなかなかありません。僕自身も今は手探り状態です。また、同業界は考え方が凝り固まってしまいがちな面もあります。私は今32歳ですが、常に自分をアップデートし、OSを載せ替えるような感覚でいないといけないと思っています。

── リノベーション前と後で、収支はどう変わりましたか?

客数は以前の4〜5倍、収益は3〜3.5倍ほどになっています。ただ、清掃にかける人員もリノベーション前は2人で1時間だったのが、今は5人で1時間に増えました。人の数も、1人に払わなきゃいけない最低賃金も上がっているので、清掃の人件費コストはリノベーション前の2.5倍から3倍くらいになっています。人件費比率は45〜50%くらい。昔の客数のままでこれだけの人数をかけていたら完全に赤字です。うちはリフォーム後、人数が4〜5倍に増えたからこそ成り立っています。

3. 清掃——削れないコストの現実

── なぜ清掃にそこまでコストをかけるのでしょうか?

お客さんを呼ぶには、清潔さが一番大事だからです。汚いところには二度と行かないじゃないですか。温泉なんて裸になる場所ですし。サウナマットを変えるとか、フロアのタイルを磨くとかは、機材も薬品も人も全部かかります。来月も清掃にかける人員を1人増やそうとしているところです。

── 薬剤や機械で代替することは検討しましたか?

全部試しましたよ。プレッシャーウォッシャーも、コンパウンド研磨も、薬品も——きれいにできるものはもうひとまず片っ端から。でも、マンパワーに勝てなかった。そこにお金を惜しむと、今度は本当に汚れがたまってしまう。清掃に関しては、できれば機械化・ロボット化してほしいのが本音です。そこが解決できれば、収支の面でもかなり楽になるんですけどね。

── 番台については、あえて人を置いているとのこと。清掃と同様に自動化しない選択ですか?

番台は、街に開かれた場所として、人が立っている意味があると思っているので、あえてこだわっています。完全に自動化することも多分できる。でも、清掃とは話が別で、番台の人を置かないとなると、日常の中の「こんにちは」「今日も元気ですね」というやり取りが消えてしまう。利用者さんにとっては「毎日開いていること」と「来たら誰かがいること」が何より重要なんです。清掃については機械でいいと思っているし、むしろそうなってほしい。

4. 業界の横のつながりと、次世代の課題

── 業界全体での横のつながりはどうですか?

正直、次世代のつながりはほぼゼロに近いと感じています。父の世代は組合でのつながりがありますが、下の世代から見ると、組織としての動きが鈍い。燃料高騰への対策などは組合で議論されていますが、「もっとできることがあるんじゃないか」というもどかしさはあります。

── DX化への取り組みはどのような状況ですか?

一般企業ならシフト管理や給与計算、連絡ツール(SlackやLINE)の活用は当たり前ですが、家族経営の家業だとそういった指標もツールも何もない。「配管でトラブルがあったらどこに連絡するのか」「備品はどこからいくらで仕入れているのか」といった情報も可視化されておらず、ゼロからリスト化している段階です。雇用が増えた分、労務管理もしっかり「見える化」しなければならない。これが現在の課題ですね。

5. 100年のバトンを、次の世代へ

── 福丸さんが描く「理想の温泉経営」とは何でしょうか。

ここは「ハレの日」ではなく、日常の中にある「普通の日」を少しだけ特別にする場所でありたい。障害の有無、国籍、タトゥーのあるなしに関わらず、誰も拒まず、誰もが裸になって肩書きを脱ぎ捨てて、「豊かだな」と思える時間を過ごせる場所にしたい。

── 100年以上続く薬師温泉を継ぐ、その重みはどう感じていますか?

ここは1919年開業なので、ひいじいちゃんが「やるか」とならなければ今はなかった。おじいちゃんがこのビルを建てるタイミングで「温泉を掘るか」とならなければ温泉じゃなかった。配管が壊れて潰すこともできたはずなのに「もう一回やるか」と粘った親父がいたから、僕まで回ってきたんです。チャンスがなくなる瞬間は、これまで何度もあったはずなんですよ。100年以上続く企業は日本の数パーセントしかありませんが、そういう中小零細が日本の文化を作ってきたはず。そこがなくなると日本じゃなくなっちゃう気がするんです。100年以上続くこのバトンを、次の世代にしっかりと渡していくことが僕の役目だと思っています。