■ 誰の困りごとか 
奈良県の山間部に移住した夫婦

■ どんな困りごとか
古民家を購入した後に発覚するインフラ・構造・契約上の問題に直面している。地方の空き家市場において、売り手と買い手の間で住宅状態や生活コストに関する情報が十分に共有されない状況がある。結果として、購入後に多額の修繕費や生活インフラの不備が顕在化し、生活基盤そのものが揺らぐ事態が発生している。

課題説明

古民家購入における最大の歪みは「時間軸」にある。購入時点では可視化されない問題が、居住後に連続的に発生する点だ。例えば井戸水の枯渇や濁り、湿気によるカビ、排水構造の不備などは、季節や利用状況によって初めて顕在化する。つまり、購入判断は“静的な状態”で行われる一方、実際の生活は“動的な環境変化”に晒される。このギャップが、投資判断と実態の乖離を生む。

コスト構造

古民家は取得価格が低く見える一方で、修繕費・インフラ整備・維持費が継続的に発生する。井戸の掘削に100万円単位、草刈りに年間数十万円、断熱不足による燃料費増加など、ランニングコストは都市部を上回るケースもある。にもかかわらず、売り手は「土地の広さ」や「古民家の魅力」といった静的価値を強調し、実際の総コストは可視化されない。

技術

既存の不動産評価は建物や土地の法的・物理的状態に偏っており、土壌環境、水循環、湿度、地域ごとの微気候といった“生活環境の質”は測定・標準化されていない。結果として、カビの発生や水はけの問題など、居住後にしかわからないリスクが放置されている。

心理的負債

売り手は長年住んだ家への愛着や「良く見せたい」という意識から、不利な情報を積極的に開示しない。一方、買い手は理想の田舎暮らしというイメージに引っ張られ、リスク評価が甘くなる。

情報の非対称性

水質、排水、湿度、地盤、地域慣習(町内会費・役割)、さらには登記や相続の状況まで、重要な情報の多くが非公開または断片的にしか共有されない。空き家バンクも網羅率が低く、実際の流通の大半は非公開の人間関係ベースで進む。その結果、買い手は「知らないこと自体に気づけない」状態で意思決定を迫られる。


入江杏菜さん プロフィール

奈良県の山間部に移住した30代女性。兵庫県尼崎市出身。夫とともに古民家を購入し、自ら改修しながら生活。夫は家具メーカー出身で木造建築や大工技術の知識を持つ。地域コミュニティとの関係構築やDIYによる住環境改善を行いながら生活基盤を築いている。


インタビュー

理想と現実の断絶——「住んで初めて分かるインフラの脆弱性」

── 古民家を購入する前に想定していなかった問題は何でしたか?

最も大きかったのは水の問題です。上下水道はなく井戸水を利用することは知っていましたが、引っ越して間もなく水が完全に止まり、約2ヶ月間ほとんど水が使えない生活になりました。蛇口をひねっても一滴も出ない状況だったんです。

当初は一時的な不具合かと思いましたが、実際には井戸自体の水量が不足しており、季節や環境の変化によって枯れる可能性がある構造でした。料理や洗濯はもちろん、入浴すら自宅ではできず、知人の家までお風呂を借りに行くような生活を送りました。

── そのようなリスクは事前に説明されていたのでしょうか?

教えてもらっていました。なので、井戸水であるという事実に加えて、枯れる可能性があることも知ってはいたんです。昔は枯れていなかったけれど、ここ数年は枯れる可能性があるという話を私たちの売主さんは教えてくださいましたが、教えてもらえないこともあると思います。

基本的に家を買う際にこちらから質問すれば答えてはもらえますが、売り手側から積極的に情報提供されることはありません。結果として、生活に直結する重要な情報ほど、住み始めてから初めて認識することになります。

井戸に向かって、上流から水を引いている様子

見えないコスト——「安価な取得」と引き換えに発生する持続的負担

── 「田舎暮らしはコストが低い」というイメージがありますが、実際はいかがでしたか?

結果的には、都市部に住んでいた頃と同等、あるいはそれ以上のコストがかかっています。特にエネルギーコストと修繕費の負担が大きいです。プロパンガスや灯油は都市ガスと比較して割高ですし、断熱性能が低いため暖房費も増加します。

また、土地が広いことによる維持管理コストも無視できません。草刈りだけでも相当な労力が必要で、外部に依頼すれば年間数十万円規模になると聞いています。売り手は「広さ=価値」と捉えて伝えてきますが、実際には「広さ=管理負担」ですよね。

── 修繕や環境改善についても想定外はありましたか?

はい。湿気によるカビの発生や排水不良など、生活環境に直接影響する問題が次々に発生しました。特に湿度が非常に高く、それによって発生したカビで体調不良につながるレベルでした。

最終的には、自分たちで排水経路を整備し、地中の環境を改善することで状況は改善しましたが、それには時間も費用もかかりました。こうした環境要因は事前にはほとんど把握できていないんですよね。


知識格差が生む損失——「判断できないこと自体がリスク」

── 古民家購入において最も重要だと感じた要素は何ですか?

圧倒的に知識と根性だと思います。建物の構造や劣化状態、水はけ、湿気、シロアリの有無など、確認すべきポイントは多岐にわたりますが、それらを理解していなければ適切な判断ができません。

見た目だけでは判断できない部分が多く、知識がないと後から大きな修繕費が発生します。知識があれば事前にリスクを認識できますが、なければ購入後にすべてを負担することになります。

── 既存の不動産サービスはそのギャップを埋められていないのでしょうか?

埋められていないと感じます。不動産情報として提示されるのは、築年数や面積、価格といった基本的な情報が中心で、実際の生活に影響する要素はほとんど含まれていません。

── 地域によって見ておくべき家の観点も変わりそうですよね。

この地域は湿気が多く、水捌けや空気の通りを見た方が良さそうだと思います。ですが、また別のエリアであれば別の観点で家を見た方がきっと良いですよね。


流通しない市場——「公開されない情報」が前提の取引

── 物件はどのように見つけられたのですか?

住んでみたい条件に合う場所がないか、いろいろな場所を周りながら探しました。購入した家は、たまたま通りかかった時に「ここだ」と思ったんですよね。

ちょうど井戸端会議をしていた地域の方が居たので家の所有者の連絡先を伺い、直接連絡をしました。そこから何度も家に足を運び、購入に至りました。

問い合わせた時、常に人が住んでいる状況ではなかったのですが、所有者がなくなるまでは売ることはできないと言われて。それでも諦められず、いつか来るかもしれない連絡を待つのではなく、定期的に草刈りの手伝いに行くことで関係性を作っていったんですよね。

── 空き家バンクなどの既存サービスは検討されなかったのでしょうか?

結論から言うと、使いませんでしたね。もちろん存在は知っていましたが、実際に探してみると録されている物件数が極端に少ないんです。しかも、出てくるのは高額な物件ばかり。

後から分かったことですが、空き家バンクに掲載するためには「登記の整理」がしっかりされている必要があるなど、出品までのハードルが非常に高いそうなんです。私の感覚では、実際に存在する空き家の10分の1程度しか表に出てきていない印象を受けました。

── なぜ、そこまで「表に出ない物件」が多いのでしょうか?

売り手側の心理的な要因も大きいと思います。地方では特に「よくわからない人には売りたくない」と考えるオーナーさんが多く、不特定多数への情報公開をあえて避けているケースがあるんです。

その結果、市場の大部分が非公開のまま、信頼できる人間関係の中で取引されるという構造になっています。

── 条件以外の部分で、手放すのをためらう理由などもあるのでしょうか?

「仏壇があるから売れない」という話はよく聞きますね。


制度の歪み——契約・登記が進まない現実

── 契約や登記に関してはどのような課題がありましたか?

購入後も名義変更が完了しない時期があったことが課題でした。代金を全額支払ってからも、売り手側の相続関係が複雑で、関係者全員の同意が必要なため手続きが進まなかったんです。

そもそも、売り手の先代からその子供への名義変更がされていなかったり、直接購入のやり取りをしている方だけではなく、その兄弟など相続の権利を持っている人皆さんからの承認が必要だったり。

関係者が高齢であることや、各地に分散していることもあり、書類の回収や手続きに非常に時間がかかりました。書類不備、誤送付など、高齢が故のタイムロスはなかなか大変です。司法書士さんが入ってくれてはいますが、私たちが直接売り手側のご兄弟のもとに伺ったこともありました。

── 既存の支援制度や相談窓口はないのでしょうか?

現状では十分に機能しているとは言えません。移住支援の窓口はありますが、主に補助金や地域の魅力を伝える内容が中心で、契約や登記といった実務的な部分についての支援はほとんどありません。

結果として、重要な手続きほど個人の責任で進める必要があり、情報不足のまま対応せざるを得ない状況です。

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