■ 誰の困りごとか 
熊本県交通政策課(企画・渋滞対策班)の行政担当者

■ どこでの困りごとか
半導体関連工場が集積する菊陽町・大津町を中心に、熊本都市圏全体へ広がる慢性的な交通渋滞。

■ どんな困りごとか
① ハードインフラの限界 ・追いつかない道路整備:
TSMCをはじめとする大規模工場の急進出で渋滞が急増。年間75.8億円を投じた道路整備(幹線道路・右折レーン改良等)をもってしても、根本的な解消には至っていない。 ・縦割りの弊害: 国・県・市・企業がそれぞれ別々に動いており、足並みが揃わない。令和6年にトップ会談が設置されてようやく一体化が動き出した段階。

② 公共交通の空洞化 ・運転手不足の悪循環:
バス事業者は増便したくても運転手が確保できず、利用者が減る→採算が合わない→本数が減る→さらに利用者が減る、という構造に陥っている。 ・乗り継ぎの不便: バス5社が共同経営体制をとっているものの、定期券の相互利用すら実現できていない。

③ ソフト施策の空白 ・通勤手当が車依存を固定化: 自転車や徒歩では手当が出ず、車を使えば出るという企業の制度が、車通勤をやめる動機を奪っている。 ・居住地と職場のマッチング不在: 土地勘のない転入者が通勤ルートを考慮した住居選択をするための情報が一元化されておらず、結果として渋滞エリアへの流入が続く。


課題説明

産業集積の歪み

社会インフラが想定してこなかった速度で工場進出が進んだことで、既存の道路・公共交通網との間に深刻な乖離が生じています。ソニーやホンダが広大な駐車場を備えた「車通勤前提」の構造をすでに作り上げていたところへ、TSMCの大規模進出が重なった。20年スパンで設計されてきたインフラが、わずか数年で追いつかなくなるという事態が起きています。元々あったバイパスの拡充計画はあったものの、これほどの急激な需要増は想定外で、「追いつかない」という状況が今も続いています。

コスト構造の矛盾

年間75.8億円の予算を投じてもなお解消されない構造的矛盾があります。道路を増やしても車が増える「誘発需要」の問題がある一方、バス事業者は赤字補填の繰り返しで体力を失い、サービス向上ができない。ヨーロッパでは行政が路線・運賃・ダイヤを定めて事業者に委託し経費を保障するモデルが主流ですが、日本は民間事業者の独立採算が前提であるため、「利用を呼びかけても乗れる環境が整っていない」という逆説が起きています。地元紙の投書欄に「積み残しが出るほど混んでいるのに、なぜ乗れという呼びかけが先なのか」という意見が載る現実が、その矛盾を象徴しています。

技術の空白

既存の行政システムは「道路を作る」「バスを走らせる」という供給側の論理で設計されており、「どこに住めばどう通勤できるか」という需要側の視点が抜け落ちています。TSMCが従業員にJR沿線への居住を推奨し始めていますが、こうした情報を通勤時間・移動手段・家賃などと合わせて一元的に示すポータルは存在しません。各情報は個別に調べることができても、統合して「最適な住まい」を逆算できる仕組みがなく、ありそうでなかったサービスの空白が埋まらないままになっています。


山本主事・松井主事・中島課長補佐 プロフィール

熊本県企画振興部 交通政策・統計局 交通政策課、企画・渋滞対策班に所属する3名。令和6年(2024年)度に県庁内に設置された「渋滞解消推進本部」の実務を担う。中九州横断道路などの幹線道路整備(ハード面)から、時差出勤の推進・民間との「渋滞対策パートナー登録制度」の構築(ソフト面)まで、複合的な渋滞対策を横断的に推進している。課題の深刻さを「10点満点で10点」と評する現場の最前線。


インタビュー

1. 慢性的な渋滞と、急激な変化

── 熊本県の交通渋滞の現状について、全体像を教えてください。

熊本市を中心とした都市圏は、もともと自動車保有台数が非常に多い地域です。公共交通機関はバスが中心で、路面電車(市電)も一部路線に限られているため、移動手段の選択肢が少なく、慢性的な渋滞が長年の課題でした。

特に近年は、TSMC(JASM)をはじめとする半導体関連産業の進出により、熊本市北東部——菊陽町・大津町付近——の渋滞が深刻化しています。朝夕の通勤ピーク時には、周辺市町村を巻き込んだ広域的な交通渋滞が発生しているのが現状です。

── 菊陽・大津エリアは以前から大企業がありましたよね。

そうなんです。ソニーさんとかホンダさんとか、以前から大きな工場がありました。あのエリアはそもそも広大な駐車場を準備されていて——そうせざるを得ない、公共交通の脆弱さもありましたけど——、「車通勤が前提」の構造がすでに出来上がっていたんですね。そこにTSMCの進出が重なったことで、さらにちょっと難しい状況になっています。

── それだけ深刻な課題として、行政はどう動いているのでしょうか。

令和6年度から、県では「渋滞解消推進本部」という組織横断的な部署を立ち上げました。また、県知事と熊本市長がトップで話し合う「トップ会談」の場を改めて設け、行政の枠を超えて足並みを揃えて取り組んでいます。都市圏という意味では熊本市に頑張っていただかないといけない部分もありますし、周辺の市町村と一緒にやっていきましょうという流れを作りながら、進めています。

2. 3つの課題——インフラ・時差出勤・公共交通

── 具体的にどのような課題に直面していますか?

大きく3つあります。まず一つ目は、そもそものインフラが不足しているというところです。ハード整備は今、県の方で進めていますが、右折レーンの延長などピンポイントの改良が主で、根本的な道路網がまだ足りていない。広域的な移動はできる体系がありつつあるんですが、通勤圏内の生活的な動きが幹線道路に集中してしまっていて、そこに出るだけでも渋滞する、というような状況です。

二つ目が、朝夕の通勤時間帯にピークが集中していること。これに対しては時差出勤を企業さんに働きかけているんですが、各社の就業形態もありますので、さらに浸透させていくというところが、来年度以降の課題になっています。

三つ目が、公共交通の問題です。車の量を減らすという意味では、バスを使っていただくことが大事になってくるんですが、バスの運転手さんの不足、そしてバス利用の減少で採算が合わない、という状況の中で、今以上にサービス向上させるのが難しい。ここが一つの大きな課題です。

3. 公共交通の「負のスパイラル」

── バスの利用を増やしたくても、増やせない構造があるということでしょうか。

そうなんです。今日もちょうど地元の新聞の投書欄に載っていたんですが、「公共交通の利用を呼びかけているけど、始発で乗ろうとしても積み残しで乗れない。こんな状況で呼びかけるより、まず環境整備が先だろう」という意見をいただいたりもして。そこは重々承知しているんですが、運転手不足とかそういった人為的なところが、なかなかつらいところで。

── 車の台数自体は増えているんでしょうか?

国から出ているデータでは、車の台数はそんなに変わっていないんです。ただ、自動車分担率——移動手段として車を選ぶ割合——は、平成9年の59.3%から令和5年には67.3%にまで増えています。人口は減りつつある中で、一人ひとりが車を使う比率が上がっている。公共交通の分担率は逆に5.9%から5.2%へと下がっていて、もともとかなり低い水準からさらに落ちています。

── 自転車やシェアサイクルの活用はどうでしょう?

熊本市を中心に展開している「チャリチャリ」は利用率が好調で、JR駅から目的地までの二次交通として定着しつつあります。TSMCの敷地内にもポートを設けたりして、Jr駅からの二次交通としても使われている。ただ、一番の課題は、企業さんが出している通勤手当の問題かなと。自転車や徒歩だと手当が出なくて、車を使ったら出る——そういうルールがなかなか変えられないので、車通勤が固定化されてしまっているという側面があります。企業さん側の意識改革も、一緒に必要になってきますね。

4. 官民連携と、日欧の公共交通の考え方の違い

── 民間と一緒に取り組む枠組みはあるのでしょうか。

今年度から「渋滞対策パートナー登録制度」を立ち上げました。今の段階では、時差出勤を一緒にやりましょう、くらいにとどまっているんですが、登録いただいた企業さんが自主的にステップアップしていくといい。ただ、登録したことでどういうメリットがあるかというところが、若干弱い部分がありまして。なんかこうメリットになるような何かというところが、今後のポイントになるかな、と思っています。

── ヨーロッパでは公共交通への考え方が違うと聞きました。

日本の場合は、バス事業者さんや交通事業者さんは民間の流れでやっていただくというのが基本になっています。一方でヨーロッパ系だと、行政が定めた路線・運賃・ダイヤで運行してください、必要な経費は行政側が委託するという形をとっているところが多い。そのやり方の違いが大きいんですよね。今、熊本でも次期の地域公共交通計画を策定中で、持続可能なネットワークをつくるために、行政としても支援していくというビジョンを描いています。転換したくても転換先がないという状況に、ちゃんと受け皿を担保していこうという、一歩踏み込んだ計画になってきています。

5. ソフト施策への期待――「住む場所」から渋滞を解く

── まだ実現していないが、あればいい施策はありますか?

インフラなどのハード面ではなく、ソフト面での施策が手つかずのまま残っています。職場の場所から逆算して、移動手段や通勤時間、家賃などを総合的に見られるポータルサイトの構築、というのが一つのアイデアです。就職や転勤の際、土地勘がなくても、希望や条件を加味しながら、どこに住むのがベストなのかを具体的に示してくれる。

実際、TSMCさんでは、JR沿線に住んで公共交通を使って通勤しましょう、という働きかけをやられています。高校の通学についても、教育庁の方でこの高校に通うときに使える公共交通はこれです、というのをホームページで出し始めているんですね。自分がその路線に合うところを選択する——そういう「逆算の発想」が、今、少しずつ動き出しています。

── 個々の情報は調べられても、一元化されていないということですね。

そうです。ありそうでなかったサービスなんですよね。調べるための時間が短縮できて、ミスマッチが減らせて、通勤の効率化も図れる。結果として交通渋滞の緩和につながる。今の議論はすべてがバラバラで、「点」でしか語られていない。渋滞を「道路を増やせば解決する」と見るのか、「人の動きを最適化する」と見るのか——そこの発想の転換も含めて、スタートアップの力を借りながら取り組んでいきたいと思っています。

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