■ 誰の困りごとか
入院患者の受け入れを行う看護師
■ どこでの困りごとか
入院受け入れを行う病院
■ どんな困りごとか
入院患者ごとに発生する退院支援計画の説明・同意取得業務に追われている。
本来は医療・看護に集中すべき現場で、家族への電話連絡や日程調整、郵送対応といった非医療業務が日常的に発生している。結果として、時間制約のある同意取得(1週間以内)に間に合わせるため、業務の優先順位が歪み、現場の負荷とストレスが増大している。

課題説明

医療の現場では、「入院から1週間以内に退院支援計画の同意を取得する」という制度的な期限が設定されている。この時間制約は、医療の進行とは独立しており、患者・家族の都合(仕事、距離、関係性)に大きく依存する。つまり、医療側はコントロールできない外部要因によって、達成可否が左右される構造になっている。結果として、看護師は“つながらない電話”に時間を投じ続けることになる。

コスト構造にも歪みがある。計画書への同意が得られなければ、病院は診療報酬上の評価(点数)を得られない。一方で、その同意取得プロセスにかかる人的コスト(電話、説明、郵送、スキャン)はすべて看護師が負担している。つまり、収益に直結する業務でありながら、その実行は高度専門職である看護師の負担によって解決されている。

技術的には解決可能に見える領域にも関わらず、現場には明確な空白が存在する。電子署名、非同期コミュニケーション、リマインド機能などは一般産業では普及しているが、医療現場では導入が進んでいない。その理由は、個人情報保護・セキュリティ制約に加え、「電話で説明する」「対面でサインをもらう」という前提が制度・慣習として固定化されているためである。結果として、紙→口頭→紙→スキャンという非効率なプロセスが維持されている。

さらに、心理的負債も大きい。「そういうものだから」という現場の諦めと、組織の保守性が改善を阻んでいる。新しいツール導入には組織的な意思決定が必要だが、病院は階層構造が強く、変化に対して極めて慎重である。このため、明らかに非効率な業務であっても、問題提起されず温存され続ける。

最後に、情報の非対称性も見逃せない。患者家族は「いつまでに何をすべきか」「応答しないと何が起きるか」を十分に理解していない。一方、現場は期限管理を個人の記憶に依存しており、システム的なリマインドも存在しない。この断絶が、無駄な再連絡や期限直前の業務集中を生んでいる。


松尾優さん プロフィール

急性期病棟で勤務する看護師。8床を担当し、入退院の回転が速い環境で日々の看護業務に従事。退院支援計画の作成・説明・同意取得まで一貫して担っている。

インタビュー

看護師が担う「同意取得」という名の非医療業務

──患者さんの入院が決まった後、どんな流れで受け入れが進むんでしょうか?

入院が決まると、まず医師が診療計画書を作成します。

そこに看護師、リハビリ担当、薬剤師、栄養士がそれぞれの計画を追記していくのですが、最終的に全員の記入が揃っているかを確認し、未記入があれば各部署へ督促して書類を完成させるのは、すべて看護師の役目です。

──各担当者の記入についても、看護師さんが管理しているんですね。

そうなんです。

書類が揃ったら、次は「退院支援計画書」を作成するために、本人やご家族との入院時面談を行います。

入院の経緯を正しく理解されているか、元の生活環境はどうだったかなどをヒアリングし、退院後の生活(自宅か施設かなど)を見据えた計画を立てる必要があります。

この計画書は、入院から1週間以内に署名をいただかなければなりません。

──「1週間以内」という期限には、どのような意味があるのですか?

期限内に署名がいただけないと、病院の評価指標である「入院基本料」などの点数が算定できなくなってしまうんです。

もしご家族が来院できない場合は、まず電話で説明して口頭同意をいただく形をとります。

ただ、日々の業務に追われていると「この方の期限はいつまでだったか」と失念しそうになることも多く、リマインド機能などがあればどれほど楽だろうと感じますね。

「つながらない電話」に支配される現場

──一連の業務の中で、特に負担が大きいプロセスはどこでしょうか?

ご家族への電話連絡です。これが本当に大変で……。

1回でつながるケースは稀ですし、中には「一生つながらないのでは」と不安になるほど連絡がとれない方もいます。

特にキーパーソンが甥や姪の方だったり、お子さんが働き盛りの世代だったりすると、どうしても後回しにされがちです。

患者さんご本人の判断能力が不十分な場合、この「連絡待ち」の時間が大きな心理的・時間的負担になります。

──担当の患者さんのご家族に連絡するのでしょうか?

うちの病院の場合は、その日の「リーダー看護師」がまとめて電話をかけます。その日につながらなければ翌日のリーダーへ引き継ぐのですが、この「つながらない電話」というタスクがバトンのように渡されていってしまうんですよね。

説明責任と現実のギャップ

──電話での説明はどのような内容になりますか?

病状や入院病棟の説明に始まり、各専門職が作成した計画書の内容をすべて読み上げます。

「看護師はここを見ます」「理学療法士はこれをします」といった具合です。

──電話越しの説明で、相手は理解しているのでしょうか?

正直、難しいと思います。

ご家族も「急に電話で言われても」と戸惑っているはずですが、同意しないわけにもいかないので「はい、わかりました」と言わざるを得ないのが実情ではないでしょうか。

──どうしても遠方で来られない家族もいますよね。

その場合は郵送対応になりますが、返信用封筒の準備や宛名書きといった事務作業もすべて看護師が行います。

「これも看護師の仕事なのかな」と自問自答しながら進めているのが本音ですね。

「日程調整」と「紙」に縛られるアナログな組織

──病状説明のための面談日程調整も看護師さんが行なっていると聞きました。

そうなんです。病状説明の面談を組むのに、家族の予定を聞いて、先生に伝えて、また家族に返すという形で、日程を調整しています。

病院の先生に空き時間があれば、面会に来たタイミングで面談することもありますが、先生も会議が多かったりして。なかなか調整も大変ですね。

──同意書の管理はどうなっていますか?

いまだに「紙」が主流です。少なくとも10枚程度は印刷し、署名をいただいた後にスキャナで1枚ずつ電子カルテに取り込みます。

メールで電子署名が送受信できる仕組みがあれば、どれだけ業務が圧縮されるかと思います。

「そういうもの」が変わらない理由

──なぜこうした仕組みは変わらないのでしょうか?

やはり病院という組織の保守的な体質があると思います。

「新しいシステムを入れる」ことへのハードルが高く、昔ながらのやり方を守ることが優先されてしまう。そのしわ寄せが、今の看護師の過剰な事務負担につながっていると感じます。


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