宮城県女川町。三陸の豊かな海に面したこの地域では、牡蠣、銀鮭、ホタテ、ホヤなど、多様な水産物が育てられている。一見すると、牡蠣養殖は「海に吊るして育てる」仕事に見えるかもしれない。だが現場に入ると、その印象はすぐに変わる。ネットには海藻や小さな貝、ミズゴヤ、海綿が付着し、網目が塞がれば牡蠣にプランクトンが届かない。牡蠣の大きさに応じて間引き、沖のイカダへ移し、出荷前には滅菌海水に24時間つける必要がある。しかも、同じ女川でも浜やイカダの位置が少し違うだけで、潮流も波も成育環境も大きく変わる。
今回話を聞いたのは、女川町で牡蠣養殖と水産加工に関わる丸よ山岸水産の千葉さん。高水温による死滅でEC販売を止めざるを得なくなった経験、経験に頼る成育判断、機械化の難しさ、そして「浜単位で安定して稼ぐ」必要性。
そこには、単なる作業効率化では捉えきれない、水産業ならではの複雑な事業機会が見えてくる。
宮城県女川町で牡蠣養殖・水産加工を行う丸よ山岸水産の千葉さんをはじめ、ネット養殖で牡蠣を育てる沿岸の養殖事業者。特に、限られた人員で養殖、洗浄、滅菌、箱詰め、出荷までを担う小規模〜中規模の水産事業者。
宮城県女川町の浜、イカダ、加工場、出荷現場。女川の中でも浜ごとに潮流、波、地形が異なり、同じ地域内でも一律の管理方法が通用しない海面養殖の現場。
牡蠣の成育・品質・出荷量を左右する要素が、ネットの汚れ、海水温、潮流、地形、作業タイミング、24時間の滅菌工程など複数にまたがる一方で、判断の多くが経験と現場感覚に依存しており、高水温や人手不足の時代に安定生産・安定出荷を続けることが難しくなっている。
課題説明
①ネット養殖は「吊るして終わり」ではない。網目が塞がると、牡蠣に栄養が届かない
牡蠣養殖というと、海に吊るして自然に育てるイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし千葉さんの現場で行われているネット養殖は、継続的な管理が欠かせない。
ネットには、海藻、小さな貝などが付着する。汚れが増えると網目が塞がり、海中を流れるプランクトンが牡蠣に届きにくくなる。つまり、ネットの汚れは単なる見た目の問題ではなく、成育そのものに直結する。
そのため、通常でも2〜3か月に1回、時期によっては月1回の清掃が必要になる。8月頃など、汚れが付きやすい時期にはさらにこまめな管理が求められる。ネットを上げ、状態を見て、掃除をし、また戻す。品質と歩留まりを左右する重要な作業である。

②牡蠣の大きさに応じた間引きと移動。細かい手作業が、品質をつくっている
ネット養殖には手間がかかる一方で、メリットもある。牡蠣をネット単位で管理できるため、大きいもの、小さいものを分けたり、成育状況に応じて移動したりできる。
千葉さんの現場では、牡蠣のサイズを見ながら別のイカダへ移すこともある。潮流や栄養環境が変わり、成育に影響が出るからだ。
ただし、この判断は非常に細かい。イカダ1台には、おおよそ2万〜4万個規模の牡蠣が入る。ネット1本あたり約100個を目安に管理し、密集させすぎると栄養が届かず、ゴミも付きやすくなる。つまり、密度、配置、タイミング、移動先の環境を見ながら、常に調整が必要になる。
これはまさに、海の中で行われる在庫管理であり、生育管理であり、品質管理でもある。しかし現状では、その多くが人の経験と目視に支えられている。
③高水温で牡蠣が減る。だが、自社の海のデータは十分に取れていない
丸よ山岸水産では、かつてEC販売も行い、一般家庭向けにも牡蠣を届けていた。しかし近年は、原料不足によりEC販売を止めている。大きな要因のひとつが、高水温による牡蠣の死滅だ。
以前は30万個ほどあったものが、15万個程度まで減る。半分以下になれば、販売チャネルの優先順位を変えざるを得ない。新規の個人客よりも、長く買ってくれている市場や飲食店を優先する。これは合理的な判断だが、裏を返せば、生産量の不安定さが販路拡大のボトルネックになっている。
一方で、千葉さんの現場では牡蠣用の水温を自前で常時計測しているわけではない。銀鮭養殖業者が取得している情報を参考にしながら、「大体このくらい」と把握している。海水温は年々上がっている感覚がある一方で、年によって親潮・黒潮の影響が変わり、今年のように水温が低い年もある。
つまり、課題は「温暖化で水温が上がっている」という単純な話ではない。年ごとの変動、季節のズレ、海域ごとの差、表層・中層・底層の違いがあり、それが成育や出荷タイミングに影響する。
④24時間の滅菌工程があるから、当日の不足にすぐ対応できない
牡蠣の出荷には、滅菌海水に24時間つける工程がある。これは安全性を担保するために欠かせない。一方で、オペレーション上は大きな制約になる。
たとえば明日の注文量を見越して、今日のうちに牡蠣を水揚げし、ネットから出し、洗浄し、滅菌海水につける。足りないからといって、当日にもう一度海から上げてすぐ出荷することはできない。必ず24時間のクールタイムがあるからだ。
そのため現場では、明日の注文を予測しながら「少し余分に上げる」判断が必要になる。しかし余分に上げすぎればロスになり、不足すれば販売機会を逃す。しかも、出荷先は市場、飲食店、個人、ふるさと納税など複数にまたがる。
ここには、需要予測、出荷計画、在庫管理、受注管理の余地がある。飲食店向けの安定供給を重視するのか、個人向けECを再開するのか、市場出荷を優先するのか。生産量が不安定な中で、どのチャネルにどれだけ出すかは、まさに経営判断そのものだ。
⑤同じ女川でも、浜が違えば海が違う。一律のDXが届きにくい
インタビューの中で印象的だったのは、「同じ女川でも全然違う」という言葉だ。浜が少し違うだけで、潮流も波も地形も違う。イカダの場所が数十メートル変わるだけで、牡蠣の成育環境は変わる。
女川町というひとつの地域で語ってしまえば、同じ海に見える。しかし現場の目線では、小浦、霧ヶ崎、大浦など、浜ごとに見えている世界が違う。100メートルのイカダを張れる場所もあれば、波や潮の流れの影響で別のやり方が必要な場所もある。
このローカル性こそ、水産業DXの難しさであり、同時に面白さでもある。農業と比べても、海は環境変動が大きく、塩水による機械の劣化も激しい。機械を入れても錆びる。メンテナンスには何十万円もかかる。結果として、「人がやった方が早い」「今のままで回せる」という判断になりやすい。
だからこそ、外部から入る事業者には、現場への深い理解が求められる。単にプロダクトを売るのではなく、浜ごとの差を前提に、小さく試し、漁業者と一緒に改善する姿勢が必要になる。

インタビュー協力者:千葉さん
宮城県女川町で牡蠣養殖・水産加工に関わる、丸よ山岸水産の千葉さん。ネット養殖による牡蠣の成育管理、洗浄、滅菌海水による処理、箱詰め、出荷まで、現場オペレーションに携わる。
地域
宮城県女川町
三陸沿岸に位置し、牡蠣、銀鮭、ホタテ、ホヤなどの養殖が行われる水産の町。同じ女川町内でも、浜や地形、潮流、波の立ち方が異なり、養殖方法や成育環境が大きく変わる。地域の水産業は、個々の漁業者の経験に支えられてきた一方、近年は高水温、担い手不足、販路の変化といった新たな課題に直面している。
丸よ山岸水産
宮城県女川町に拠点を置く水産事業者。牡蠣の養殖・出荷を中心に、市場、飲食店、個人向け販売、ふるさと納税など複数の販路を持つ。関東方面への出荷が多く、市場を通じて飲食店や仲買人との関係を築いている。過去にはEC販売も行っていたが、高水温などによる牡蠣の原料不足を背景に、現在は市場や継続顧客への供給を優先している。
インタビュー本文
Q1. まず、丸よ山岸水産の牡蠣はどのような販路で出荷されているのでしょうか?
メインは市場出しです。うちのお客さんは、関東方面が8割方ですね。市場に出して、そこでうちの牡蠣を知ってくれた飲食店さんや仲買人さんから問い合わせが来ることもあります。
飲食店さんが誰かに紹介してくれたり、市場で「こういう牡蠣がありました」と知ってもらったり。長く買ってくれているお客さんもいますし、新しく問い合わせてくれるお客さんもいます。
個人向けもやっていました。去年まではECも運用していて、食べチョクやQoo10なども使っていました。ただ、今年から中止しています。理由は原料不足です。牡蠣そのものが少なくなってしまった。去年、一昨年の高水温の影響で死滅したことが大きいですね。
Q2. 牡蠣の生産量が減ると、販売の考え方も変わりますか?
変わりますね。たとえば以前は30万個ぐらいあったものが、15万個ぐらいになる。半分以下です。そうなると、どこに出すかを考えなければいけない。
ECだけでいくのか、市場出しを優先するのか悩みました。でも、市場には長いこと買ってくれている常連のお客さんがいるんです。だから、まずはそちらを大事にしたい。
個人のお客さんは、去年買ってくれたから今年も買ってくれるとは限らない。でも、飲食店さんや市場のお客さんは継続して買ってくれる可能性が高い。量が限られているときは、安定して買ってくれるところを優先する判断になります。
Q3. 女川の牡蠣養殖では、どのような育て方をしているのでしょうか?
うちはネット養殖です。ネットに牡蠣を入れて育てます。宮城や岩手など三陸方面では、2年もの、3年ものの牡蠣があるという認識が市場でもあります。ただ、うちでは今は大体1年もので出荷しています。

2年、3年と育てれば大きくなるので高く売れます。でも、ネット養殖は管理が大変なんです。ネットがどんどん汚れてくるので、放置すると、網目が塞がってしまうんですよね。
牡蠣は、ネットの網目を通って流れてくるプランクトンを食べて育ちます。だから網目が塞がると、栄養が行き渡らなくなる。吊るしておけば終わりではなくて、定期的な掃除が必要になります。
Q4. ネットの掃除は、どのくらいの頻度で必要になるのですか?
うちの方の海だと、大体2〜3か月に1回ぐらいは掃除しないといけません。時期によっては月1回ということもあります。様子を見て、「これはやばいな」となったらやります。
ネットに付くものはいろいろあります。海藻もありますし、小さな貝も付きますね。
8月頃など、汚れが付きやすい時期はこまめにやらないといけないんです。ネットを上げて、掃除して、また戻す。細かいメンテナンス作業です。でもそれをやらないと、牡蠣に栄養がいかなくなってしまうので。
Q5. ネット養殖には、手間がかかる一方でメリットもあるのでしょうか?
あります。手間はかかりますが、牡蠣の状態がわかりやすいのがメリットです。間引きといって、大きいもの、小さいものを分けたりできます。
ネットに入っているので、「これは大きい」「これはまだ小さい」と見ながら入れ替えることができる。大きいものだけをまとめたり、小さいものはもう少し置いておいたりします。
「この小さいやつはもう少し殻を大きくしたいな」ということもあります。そのときは沖の方にあるイカダに移して、場所を変えることで、生育環境を変えるようにしています。
Q6. イカダの場所によって、そんなに環境は変わるのですか?
変わります。何十メートル差でも環境は違う。潮の流れが影響するので、思っている以上に変わりますね。
同じ女川でも、浜が違うと全然違うんです。たとえば、うちの浜と隣の隣の浜では状況が違う。俯瞰して見れば同じ女川ですが、「女川の牡蠣はこうだよね」と一括りにされると、現場感としては全然違うんですよね。
細かくなればなるほど、見えている世界が違います。地形、潮流、波の立ち方、イカダを張れる長さも違う。うちの浜は比較的波が立ちにくいので、100メートルぐらいのイカダを張れますが、どこでもできるわけではありません。

Q7. 実際の規模感として、イカダ1台にはどれくらいの牡蠣が入るのでしょうか?
イカダの大小にもよりますが、1台で大体2万〜4万個ぐらいです。ネット1本あたりは、うちでは100個ぐらいを目安にしています。
入れようと思えばもっと入れられますが、入れすぎるとよくない。密集させすぎると、ネット自体がフィルターのようになってしまい、牡蠣に栄養がいかなくなってしまうので。ゴミも付きやすくなります。
だから、少しゆとりを持たせる必要があります。単純にたくさん詰めればいいわけではなく、密度、成育、汚れやすさを見ながら調整しています。
Q8. 出荷のスケジュールは、年間でどのように動いているのでしょうか?
種を買うのは、大体11月、12月ぐらいです。うちは種屋さんから、ある程度大きく成長した状態のものを買わせてもらっています。それをばらして、イカダの空き状況を見ながら入れていく。
種付けは、年明けから2月、3月ぐらいまで続きます。そこから養殖していくのですが、養殖期間と出荷期間が重なっているので、販売できる月としては約9か月ぐらいあります。
貝の中では、9か月出荷できるのはかなり長い方です。うちで牡蠣を出荷できないのは、お盆ぐらいから10月ぐらいまでの約2か月半。その時期は抱卵という牡蠣の生理現象があり、中身がなくなってしまうので、その時期だけは出荷できません。
Q9. 出荷前の工程では、どのような作業があるのでしょうか?
海から上げた牡蠣は、ネットから出してカゴに移し替えます。そのあと洗浄機に通します。洗浄機は半自動で、コンベアのようになっていて、人が牡蠣を並べ、洗浄されたものを受け取ってカゴに入れます。
その後、滅菌海水に24時間つけます。ここが大きなポイントです。必ず24時間のクールタイムがあるので、「足りないから今から上げてすぐ出荷します」ということができない。
だから、明日の注文量を見越して、今日のうちにこれくらい上げようと判断します。少し余分には上げますが、足りなくなると大変ですよね。もう一回海に行けばいい、という話ではないんです。

Q10. その24時間の工程があると、需要予測や出荷判断も難しくなりそうです。
そうですね。前日にどれくらい必要かを見て、今日上げる量を決める必要があります。足りなければ出せないし、上げすぎても困る。
出荷先も、市場ごとに箱の合わせ方が違います。一箱を2つ合わせる、3つ合わせるといった指定があり、それを市場さんごとに詰めて出荷します。シーズン中は大体4人で作業しています。
1日に出す量は、個数でいうと1万個いかないぐらいで、月曜や金曜は休み前の関係で比較的多くなります。飲食店や個人発注、市場向けに送るので、出荷の読みはかなり大事です。
Q11. 成育管理のために、水温などのデータは取っているのでしょうか?
うちでは牡蠣用に常時測っているわけではありません。銀鮭の養殖業者さんが水温を測っているので、その情報をもらって「大体このぐらいなんだ」と見ています。
銀鮭は水温によって餌を食べる量が変わるので、水温をかなり見ています。うちでも、月1回ぐらいのデータを見て、年間でどう変わっているのかを確認することはあります。
年々水温が上がってきている感覚はあります。ただ、今年は水温がだいぶ低いんですよね。親潮の影響が強く、黒潮がまだ上がってきていない。だから去年のやり方だと、早すぎる、遅すぎる、成育しない、ということが起きる可能性があります。
Q12. その判断は、現場の経験に依存している部分が大きいのでしょうか?
大きいと思います。成育管理をもう少しわかりやすくして、経験が少ない人でも同じクオリティでできるようにするという意味では、自動化や機械化はありだと思います。
ただ、漁業の自動化は難しいです。人が噛まないとできない仕事がたくさんあります。しかも、小さい会社だと、新しい機械やシステムを覚えるコストも大きい。今、自分たちの労働力でできていることを、わざわざ変える必要があるのか、という話にもなる。
海の状況も変わっていきますよね。今導入しても、数年後にはまた違うかもしれない。機械化にはコストもかかるので、大きくやっている会社なら導入できるかもしれませんが、小さい現場では簡単ではありません。
Q13. 水産業で機械化が難しい理由は、どこにあるのでしょうか?
一つは塩水です。機械類のメンテナンスが大変なんです。農業に比べると、水産の機械化が進みにくい理由はそこにあります。海水で錆びてしまうし、メンテナンスするにも機械をばらして、何十万円とかかかると聞きます。
そうなると、年間で考えたときに「あれ、機械化って効率悪くないか?」となる。だったら今のままでいい、という判断になることもあります。
機械化が一番意味を持つのは、陸上養殖かもしれません。陸上なら環境を制御しやすい。海水だけを汲み上げて、温度や餌を管理できる。海面養殖は、海そのものが相手なので、どうしても不確実性が大きいです。
「誰かの困りごとを、事業に変える」一歩を踏み出しませんか。
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