事務局補足
■ 漁具が「いらなくなる」タイミングは、単なる漁具の寿命だけではない
①漁船や操業規模の大型化
船が大きくなり、漁のやり方が変われば、それまで使っていた網やロープが合わなくなる。より効率のよい漁をするために新しい漁具へ切り替える一方で、旧式の漁具は残る。高齢の漁師が引退する際に出てくる網も、この構造に近い。まだ使えるものもあるが、船のサイズや漁法、地域の慣習に合わなければ、引き取り手がつかない。
②対象魚の不在化
これまで獲っていた魚が獲れなくなると、その魚に合わせて最適化されていた漁具も使い道を失う。海洋環境の変化により、マダイや特定の魚種が減り、別の魚が増える。だが、漁具はすぐには変えられない。対象魚がいなくなれば、まだ物理的には使える漁具であっても、経済的には不要になる。
③素材としての劣化
漁具は海水、紫外線、摩耗にさらされ続ける。網は破れれば修理できるが、繊維そのものが弱くなると限界が来る。ロープも、見た目には残っていても、引っ張れば切れる状態になれば使えない。
廃漁具は「壊れたから捨てる」だけでは発生しない。漁業者の高齢化、漁船の大型化、漁法の変化、魚種の変化、地域内の引き取り手不足が重なることで、まだ形のある漁具が一気に“行き場のない資材”になる。
鹿児島の沿岸漁業者、ごち網漁業などで大型のロープや網を使う漁師、高齢化により引退・縮小を考える漁業者、漁協、自治体、漁具メーカー、廃棄物処理業者。
鹿児島をはじめとする沿岸漁業の現場。漁港、漁協、船置き場、網の保管場所、処理施設などの受け入れ先。
漁具は大量かつ複雑な素材でできており、処分には手間も費用もかかるため、漁師個人に処理責任が偏り、回収・再資源化の仕組みが成立していない。
課題説明
①漁具は「捨てるだけ」で大仕事になる
ゴチ網漁業で使うロープは約600メートル。網は、小学校の体育館が二つ入るほどの大きさになることもある。漁師はそれを日々使い、破れれば直し、劣化すればまた直す。だが、紫外線で繊維が弱くなり、少し引っ張るだけで切れるようになると、交換するしかない。
正規に処理する場合、漁網はそのまま持ち込めるわけではない。処理のために持ち込む場合、長い網は粉砕機に絡み、設備不具合を起こす可能性があるため、一定の長さに切断する必要が生じる。
しかし、巨大な網を数センチ単位に切る作業を、漁師個人が担うのは現実的に重い。切るにも人手がいる・運ぶにも車両がいる・処分にも費用がかかる。結果として、「自分で処理するしかない」という構造が残り、放置や不適切処分につながりやすい。
②廃漁具はリサイクル可能な素材でありながら、扱いにくい
漁網の素材は、ポリエチレン、ナイロン6、ナイロン66、ポリエステルなどが中心。とくにポリエステルは、ペットボトルと同じようにリサイクル可能で、再生後もバージン素材に近い品質が期待できるという。
一方で、ロープはさらに複雑で、混紡と呼ばれる複合素材でできており、複数の繊維が混ざっている。中には鉛が入っているものもある。素材が単一でなければ、分別や再資源化の難易度は一気に上がる。
漁具メーカーは、漁具の使われ方や処分の難しさを知っているはずだ。しかし、回収まで責任を負う仕組みは一般化していない。仮にメーカー責任を強く求めれば、最終的には漁具価格に転嫁される可能性が高い。漁師側も、ただでさえコストが上がるなかで、それを歓迎しにくい。
③最大の壁は「汚れ」と「前処理」にある
廃漁具が扱いにくい理由は、素材だけではない。海で使われた漁具は、基本的に汚れている。
塩分、フジツボ、貝、バイオフィルム、微細藻類、炭酸カルシウム。網の結び目やロープの隙間には、さまざまな付着物が入り込む。漁で使う分には問題にならなくても、リサイクルするとなると純度が問題になる。
「回収して溶かせばよい」では済まない。洗浄し、乾燥し、素材を判別し、場合によっては薬品で分解する。どの工程をどこで、誰の負担で行うのかが決まっていない。
この前処理工程を小型化・標準化できれば、漁港単位での分散型リサイクルや、地域ごとの回収拠点運営が現実味を帯びる。センサーによる素材判別、AI画像認識による汚れ判定、洗浄装置、移動式処理設備など、技術導入の余地は大きい。
④漁師側には、回収への心理的ハードルは低い
興味深いのは、漁師側が廃漁具を「高く買い取ってほしい」と考えているわけではないことだ。
現場では、「タダで回収してくれるだけでもありがたい」「ティッシュ一箱でもくれれば嬉しい」という感覚がある。いまはお金を払って捨てに行く、あるいは自分で手間をかけて処分するしかない。だから、回収の導線さえできれば、漁師は協力しやすい。
この点は、事業化において重要だ。廃漁具ビジネスは、最初から高価買取モデルである必要はない。むしろ、漁師の処分負担を下げること自体が価値になる。漁師にとっては処理コストの削減、企業にとっては再生素材や環境価値の獲得、自治体にとっては海洋ごみ対策になる。
三者のインセンティブを結び直せれば、小さな実証実験は十分に成立する。
佐々 祐一さん

アメリカの大学を卒業した後、関東で経営コンサルタントや外資系金融勤務を経て漁師に。昔から大好きだった海の仕事がしたい!と、経験なしでも手厚い受け入れ体制があった日置市に家族で移住し、3年間の見習い期間を経て2020年に独立。
ごち網漁業などに携わりながら、地域漁業の変化、漁具の処理、資源循環、新しい養殖や産業づくりについて実践的に考えている。現場では、漁師の高齢化、魚種変化、漁具価格の上昇、廃漁具の処分負担が同時に進んでいる。
インタビュー
使えなくなった網を捨てる苦労。時間とお金をかけて捨てなければならない現実。
──まず、漁具はどのくらいの規模のものを使っているのでしょうか?
ごち網では、ロープだけで600メートルあります。ごち網という漁法では、船でロープを巻き上げながら魚を網に追い込みます。ロープは600メートルくらいあります。網もかなり大きく、小学校の体育館が二つ入るくらいの大きさになることもあります。
これを毎日使うわけです。破れたら直すし、劣化したらまた直しますが、紫外線でどんどん弱っていくので、少し引っ張っただけで切れるようになったら、もう交換せざるを得ないんです。
交換時期は決まっていません。限界が来たら替えるようなイメージです。毎年この時期に替える、というものではなく、使用頻度や、何かに引っかかって破れたかどうかでまちまちです。「そろそろ限界かな」となったタイミングで替えるようにしています。
だから、廃漁具が出るタイミングもバラバラです。少しずつ拾いに来てもらうのは、回収する側も効率が悪いんですよね。ためておいて、ある程度まとまったら取りに来てくれる仕組みがあれば、みんながそんなに捨てない可能性はあります。
──漁具が不要になるのは、劣化したときだけなのでしょうか?
劣化だけではありません。船や漁のやり方が変わると、古い漁具が合わなくなります。
船が大きくなったり、操業の規模が変わったりすると、それまで使っていた網やロープでは合わなくなることがあります。高齢の漁師が引退するときに出てくる網も、まだ使えるものはあるかもしれない。でも、今の船や漁法に合わないと、なかなか引き取り手がつかないです。
漁具って、ただ買ってそのまま使うものではなくて、漁師ごとの工夫も入っています。だから中古でどんどん流通するかというと、そう簡単ではないんです。
対象にしていた魚がいなくなると、その漁具自体が使われなくなります。
海が変わって、これまで獲っていた魚が獲れなくなると、その魚に合わせていた漁具も使い道がなくなります。物としては残っていても、獲る魚がいなければ使えないですね。
──正しく処分しようとすると、何が大変なのでしょうか?
漁網は、短く切らないと処理施設に持ち込めないことがあります。ゴミの収集場所などに持っていく場合、何でもそのまま受け入れてもらえるわけではありません。長さや素材に条件があります。漁網は長いままだと、粉砕機に絡みついて不具合を起こすことがあれぴで、短く切断しろと言われるんですよね。
でも、体育館二つ分くらいの網を細かく切るのは、現実的にかなり厳しいです。切るのにも人件費がかかるし、持っていくのにもお金がかかりますよね。
今は、基本的に自分で処理するしかありません。回収してくれる仕組みが一般的にあるわけではない。だから漁師が自分でなんとかすることになるんです。正しく処理しようとすれば手間も費用もかかってしまいます。
その結果、放置されたり、捨てられたりすることが起きています。漁師が悪いというより、処理する仕組みが現場の実態に合っていないんです。
──漁具メーカーが回収する仕組みはないのでしょうか?
少なくとも、自分の周りでは聞いたことはありません。漁具を売っている会社が回収してくれればいいのに、と思いますよね。作っている側も、捨て方が面倒なことはも、どう使われているかも、たぶん知っていますし。
ただ、それを「メーカーの責任だろ」と言い始めると、結局「じゃあ回収するけど値段を上げるよ」という話になると思います。そうすると漁業者側にも返ってきますよね。漁師としては、安く使える方がありがたいという面もあって。
責任の所在が曖昧なまま、現場に負担が寄っています。メーカーにも責任の一端はあると思います。でも、漁師にも使った責任がある。行政も、海洋ごみや環境負荷の問題として関わる必要があると思います。
誰か一人に押しつけるのではなく、回収費用や処理費用をどう分担するかを設計しないと進まないのではないでしょうか。
リサイクルを阻む「汚れ」。素材を循環させるためにできることは何か。
──リサイクルの可能性はありますか?
素材によっては、かなり可能性があります。網は、ポリエチレン、ナイロン6、ナイロン66、ポリエステルなどが多いです。ポリエステルなら、ペットボトルと同じようにリサイクルできるし、再生した素材もバージン素材に近い品質になる可能性があります。
漁具に戻すだけでなくてもいいと思います。サングラスのような製品にするアップサイクルでもいいし、別素材として使うダウンサイクルでもいい。
ただし、ロープは複雑です。鉛が入っているものもあります。ロープは混紡で、いろんな素材が混ざっています。鉛が入っているものもあるので、処理が難しくなります。素材ごとに分けて、どう使えるかを整理する必要があります。全部を同じ方法でリサイクルするのは難しいかもしれません。
──なぜ回収やリサイクルは進みにくいのでしょうか?
一番大きいのは汚れだと思います。漁具は海で使うので、当然汚れています。海水の塩分もあるし、フジツボ、貝、バイオフィルム、微細藻類もつく。網の結び目にいろいろ入り込む。
漁で使う分には気にならなくても、リサイクルしようとすると純度が問題になります。一回洗わないといけないとなると、そこにもコストがかかります。
そういった、回収した後の前処理技術が必要です。大まかに洗浄して、溶かすのか、濾すのか、薬品で分解するのか。何らかのステップが必要になると思います。
そこを技術でどうにかできれば、回収や循環のハードルは下がりますし、漁師側は、回収してくれるなら渡すと思います。
──漁師側としては、どんな回収の仕組みなら協力しやすいですか?
タダで回収してくれるだけでもありがたいです。いまはお金を払って捨てに行くわけです。だから、無料で取りに来てくれるなら、それだけで嬉しい。正直、ティッシュ一箱でもくれれば「え、いいんですか?」とみんな言うんじゃないでしょうか。
高く買い取ってほしいというより、処分の手間をなくしてほしい。
ある程度ためておいて、まとめて回収が現実的です。廃漁具は出るタイミングがバラバラなので、少量ずつ回収するのは効率が悪い。漁協や港でためておいて、一定量になったら取りに来てもらう。そういう仕組みがあると現場は動きやすいと思います。
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