鹿児島などの沿岸漁業者、漁協・市場・直売所、加工設備を失った地域、未知魚を売りづらい流通事業者、安定した魚種調達を求める加工業者・飲食店。
鹿児島、宮城県女川など、海水温の上昇などを背景に、魚種が入れ替わっているのではないかという現場感がある地域。かつて水産加工で栄えたが、工場閉鎖などにより加工基盤が弱くなった地域。
海水温の上昇などの環境の変化により、獲れる魚の種類が変わっている。一方で、新しくどんな魚が獲れているかの調査やそれに合わせた漁の変化などは追いついていない。また、新しく獲れる魚や、地域内では十分に活用されていない魚が存在しても、その魚を食べる文化、加工設備、流通先、適正価格の市場とつながらず、価値がつかないまま安値で扱われている。
課題説明
①「魚が獲れない」のではなく、「獲れる魚が変わっている」
鹿児島の現場では、ここ4年ほどでマダイが獲れにくくなったという。今年は特に厳しく、毎日出漁しても数匹しか獲れない漁師もいる。燃料代を考えれば、それでは事業として成り立たない。
しかし、海から魚が単純に消えているわけではない。水温や環境の変化によって、魚の分布が変わりつつある。別の地域では、これまで見なかった魚が水揚げされている。
宮城県を視察した際、鹿児島では見慣れている魚が現地の直売所に並んでいたという。だが、宮城の消費者にとっては見慣れない魚だった。結果として、袋に詰められ、安く叩き売りされていた。
これは、魚が獲れないという問題ではない。魚の価値が、適切な市場に接続されていない問題である。
② 新しい魚がいそうでも、まず「何がいるのか」がわからない
魚種変化の課題は、販路の問題から始まるわけではない。もっと手前に、「そもそも海の中に何がいるのかがわからない」という問題がある。
現場には、海が暖かくなり、これまでとは違う魚が入ってきているのではないかという感覚がある。だが、実際にどの魚が、どの海域に、どれくらいいるのかは十分に把握されていない。何がいるかわからなければ、どの漁具を使うべきか、どの漁法を試すべきか、どの販路を探すべきかも決められない。
本来であれば、ドローンや水中カメラ、試験漁などを使って、まず魚種の変化を確かめる必要がある。しかし漁業は、自由に「ちょっと試してみる」ことが難しい産業でもある。漁法によっては許可が必要で、漁獲の方法や量を行政に申請しなければならない。乱獲を防ぐ制度は不可欠だが、魚種変化への適応段階では、この制度が実験のハードルにもなる。
事業機会は「余った魚を売る」ことだけではない。新しい魚種を調査し、試験漁を設計し、行政許可や関係者調整を支援し、獲れた魚を記録・分析する。そうした“探索のインフラ”そのものが不足している。
③ 魚の価格は、味ではなく「地域の食文化」と「加工基盤」で決まる
魚の価値は、鮮度や味だけで決まらない。地域の食文化、加工設備、流通慣行によって大きく左右される。
たとえば鹿児島では、秋太郎と呼ばれるバショウカジキが親しまれており、スーパーにも普通に並ぶ。しかし東京ではほとんど見かけない。ある地域では当たり前に食べられる魚が、別の地域では「知らない魚」になる。
下関のフグも象徴的だ。下関はフグの産地として知られているが、現在は北海道などで獲れたフグが下関に運ばれ、加工されて流通することもある。なぜなら、フグは毒があり、捌く資格や専用設備が必要だからだ。価値を生むのは、魚が獲れた場所だけではない。加工できるインフラとブランドがある場所でもある。
魚種変化時代には、この構造が各地で起きる。新しく獲れる魚があっても、地元に食べる文化がなければ売れない。加工できなければ商品にならない。販路がなければ価格がつかない。
④ 未知魚は、消費者にも流通にも扱いづらい
知らない魚は売れにくい。名前がわからない。味が想像できない。捌き方がわからない。価格の妥当性もわからない。消費者が手に取らなければ、小売も仕入れにくい。小売が仕入れなければ、漁師は獲っても利益にならない。
この構造は、余剰魚や低利用魚の典型的な課題だ。漁獲自体はあるのに、需要側の知識不足と流通側のリスク回避によって、安値で処分される。
解決には、単なるマッチングだけでは不十分だ。魚の特徴、食べ方、下処理方法、レシピ、保存方法、適正価格、ロット、納期、加工可否まで含めて情報化する必要がある。
言い換えれば、魚種変化時代に必要なのは「魚の翻訳者」だ。産地で余っている魚を、消費地や加工事業者が理解できる形に変換するサービスが求められている。
⑤漁師だけでは、販路開拓まで担いきれない
漁師にとって最優先なのは、まず獲ることだ。海に何がいるかわからない、どの漁法で獲ればよいかわからない、許可も必要になる。そこに加えて、新魚種の販路開拓、商品開発、加工先探索、消費者教育まで担うのは難しい。
現場の言葉を借りれば、「取れないことには何も始まらない」。しかし、取れた後にも大きな壁がある。
魚種変化の時代には、漁業者、漁協、加工業者、市場、飲食店、小売、消費者をつなぎ直す必要がある。
佐々 祐一さん

アメリカの大学を卒業した後、関東で経営コンサルタントや外資系金融勤務を経て漁師に。昔から大好きだった海の仕事がしたい!と、経験なしでも手厚い受け入れ体制があった日置市に家族で移住し、3年間の見習い期間を経て2020年に独立。
ごち網漁業などに携わりながら、地域漁業の変化、漁具の処理、資源循環、新しい養殖や産業づくりについて実践的に考えている。現場では、漁師の高齢化、魚種変化、漁具価格の上昇、廃漁具の処分負担が同時に進んでいる。
関連地域
鹿児島県内沿岸地域:マダイ、秋太郎、月日貝など、地域の食文化と結びついた水産資源がある。別途ヒアリングでは、この地域にはかつてちりめんの水産加工場があるほど水産業の集積があったが、現在は多くが失われているという。
宮城県女川周辺:佐々さんの視察時、鹿児島では見慣れた魚が現地で売られていたが、地域の消費者には馴染みが薄く、安値で扱われていた。魚種変化と市場接続の課題を象徴する事例。
インタビュー
魚がいなくなっているわけではなく、入れ替わっているのかもしれない
──そもそも、いま海の中に何がいるのかは把握できているのでしょうか?
正直、ちゃんとはわかっていません。まずそこからです。
新しい魚がいそうだ、魚種が入れ替わっていそうだ、という感覚はあります。でも、実際に何がどれくらいいるのかは、ちゃんとわかっていなくて。
何がいるかわからないと、何用の仕掛けで、どう獲るかも決められないんです。たとえばドローンを沈めるのか、誰かが潜って見るのか、あるいは巻き網みたいな漁法で一回獲ってみて、「何が入ったか」を調べるのか。やり方はいくつか考えられるけれど、最初の問いはやっぱり「この海にいま何がいるのか」なんです。
海が暖かくなって、南の方にいた魚がこちらに来ているかもしれない。そう考えると、南の地域で使われている漁具や漁法を持ってきて、試験的にやってみるのはありかもしれません。
ただ、それで本当に獲れるかはわからないですよね。漁具だけ持ってきても、使う側の技術がなければ獲れない可能性もあります。だから、魚種の調査と同時に、漁法や技能の検証も必要になってきます。新しく獲れる魚を市場につなぐ以前に、まず「何が獲れるのか」「どうすれば獲れるのか」を確かめる段階があるんです。
──「試しに獲ってみる」ことは、簡単にはできないのでしょうか?
簡単ではありません。漁法ごとに許可が必要になります。
たとえば、巻き網のような漁法を試そうとすると、それはそれで許可が必要になります。県の許可で済むものもあれば、規模によっては国、大臣レベルの許可が必要になるものもある。
もちろん、乱獲を防ぐためには許可制度は必要です。でも現場からすると、「何が獲れるかわからないから、まず試してみたい」がやりにくい。何を獲るのか、どの方法で獲るのか、どれくらい獲るのかを申請しなければならないんです。でも、その前段階として、そもそも何がいるのかを知りたいと思っています。
“何が獲れるかわからないけどやります”が制度上やりにくいのが難しいところです。新しい魚がいるかもしれないけれど、それを確かめるために漁をするには、漁獲の方法や量を行政に申請しなければならない。つまり、探索のための漁に対しても、ある程度の前提を決めておく必要があります。
試験的な一時許可のような形でできる可能性はあるかもしれません。ただ、それも制度設計や行政との調整が必要になります。海の変化は速いのに、許可や合意形成には時間がかかる。ここに大きなギャップがあります。
もう一つ難しいのは、漁具だけ持ってきても獲れるとは限らないことです。
たとえば、南の地域で使われている漁具をこっちに持ってきたとしても、自分たちがすぐに使いこなせるかはわからない。漁法って、道具だけではなくて、かなり腕の部分があるんです。
自分たちがやっているゴチ網でも、使っている網やロープの条件は大きく変わらないのに、水揚げが2,000万円近い人もいれば、500万円くらいの人もいる。それくらい差が出るのが漁業です。
だから、新しい魚に合わせて漁法を変えるといっても、漁具を買えば済む話ではありません。どこに仕掛けるか、船をどう動かすか、魚がどう反応するか。そういう技能ごと移さないといけない。場合によっては、その漁法をやっている地域の船や人にも来てもらわないと難しいかもしれません。
事務局補足
この話から見えてくるのは、最初の事業機会が“販路”より前にある可能性です。新しく獲れる魚や余剰魚を市場につなぐことは重要ですが、その前に「新しい魚が本当にいるのか」「どの漁法なら獲れるのか」「どのくらい獲ってよいのか」を調べるプロセスが必要になるのではないでしょうか。
調査、データ取得、行政申請、試験漁、漁獲結果の記録、関係者への説明。これらを現場の漁師さんだけで担うのは重く、魚種変化への適応を進めるには、探索から市場接続までを支援する仕組みが必要になると考えられます。
── 直近感じている具体的な変化も教えてください。
マダイが獲れにくくなっています。ここ4年くらいで強く感じます。自分たちの漁では、マダイが主な対象です。でも、ここ4年くらいで獲れにくくなってきた感覚があり、今年は特にひどいです。
自分はまだ獲れている方ですが、毎日出ても数匹しか獲れない人もいます。5匹とか……。それだと燃料代だけで厳しい。腕を上げればどうにかなる、という範囲を超えてきている感覚があります。
海の中の魚種が変わっている。でも、漁法も市場も食文化も、その変化に追いついていないんですよね。
──宮城県を視察したとき、印象的だったことはありますか?
鹿児島では見慣れている魚が、宮城で売られていました。直売所に行ったとき、こっちでは見慣れている魚が売られていました。でも、現地ではこれまで見たことがない魚だったようで、誰も手をつけない。袋にガサガサっと詰められて、叩き売りみたいになっていました。
鹿児島なら普通に扱われる魚でも、別の地域では「なんじゃこの魚は」となる。知らない魚は、買われないんです。
魚の価値は、地域の食文化とつながっています。魚って、すごく地域性が高いんです。地元の食文化に合うかどうかで、評価が変わる。鹿児島で普通に食べる魚でも、東京や宮城では見慣れないことがあります。
だから、新しく獲れるようになった魚があっても、その地域で食べる文化がなければ高く売れないんです。そうすると、取っても取っても、利益にならないと言うことが起こります。
しかも、食文化ってすぐには変わらないんですよね。
加工設備なら、時間とお金をかければ入れ替えられるかもしれない。流通も、仕組みをつくれば変えられるかもしれない。でも、地域の人が何を「おいしそう」と思うか、何を「いつもの魚」として買うかは、そんなに簡単には変わらないです。
──魚の価値は、どのように決まっているのでしょうか?
加工場や食文化と強く結びついています。たとえば種子島では、とこぶしが有名で高く売れます。阿久根ではイワシの加工場がたくさんあって、イワシが市場で高く評価される。加工と地元の食文化がセットになっているんです。
鹿児島ではバショウカジキのことが「秋太郎」と呼ばれています。鹿児島ではみんな大好きで、スーパーにも普通に並んでいて。でも東京ではあまり見ないですよね。地域によって、普通に食べる魚が違うんです。
獲れた場所ではなく、加工できる場所で価値がつくこともあります。下関はフグで有名ですが、実際には下関でフグがたくさん獲れているわけではないそうです。最近は北海道でもフグが獲れ始めていて、それを下関に送って、下関の加工場が加工して流している。
フグは毒があるので、捌く資格と設備が必要です。そういうインフラが整っているから、下関で価値がつく。魚の価値は、漁場だけでは決まらないんです。
── 新しく獲れる魚があれば、販路をつくればよいのでしょうか?
販路だけでなく、食べ方まで伝える必要があります。知らない魚は、捌き方も食べ方もわからない。消費者も買いにくいし、店も仕入れにくい。だから、ただ市場に流せばよいわけではありません。
名前、味、調理方法、保存方法、どんな料理に合うかまで伝えないと、価値がつきにくいんですよね。
また、加工先とのマッチングも必要です。魚によっては、地元で食べるより、加工設備のある地域に送った方が価値が出ることがあります。下関のフグのように、加工インフラが価値を生むケースです。
新しく獲れる魚を、どの地域のどの加工業者に送ればよいのか、どの飲食店や小売が扱えるのか。そこをつなぐ仕組みが必要だと思います。
ただ、加工設備を整えれば解決するかというと、それも簡単ではありません。
効率化しようとすると、本当は魚種に特化した設備にしたくなるんです。魚の形、サイズ、鱗の硬さ、処理の仕方に合わせた方が、当然効率は上がる。
でも、いまみたいに獲れる魚が変わっていく時代に、特定の魚だけに合わせた設備を入れるのはリスクがあります。その魚がいなくなったら、もう使い物にならない。
── このまま市場につながらないと、何が起きると思いますか?
獲れているのに儲からない魚が増えます。魚がいるのに、知られていないから安くなる。「食べ方がわからないから売れない・加工できないから商品にならない」という魚が増えると思います。
漁師からすると、獲っても利益にならないなら、狙う理由がなくなる。結果として、地域の漁業全体が細っていくことになってしまいます。
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