観光地の混雑分散が神奈川県・鎌倉市でも取組テーマに
■神奈川県の取組議題に
神奈川県鎌倉市では、鎌倉駅周辺や長谷駅、鎌倉高校前踏切などに観光客が集中し、混雑、交通渋滞、ポイ捨て等による住環境・観光体験の悪化が課題となっています。大型連休や花・紅葉の時期、休日昼間に集中しやすく、日帰り観光が多いため滞在分散やマナー啓発が浸透しにくい状況です。混雑マップ、誘導員配置、多言語ガイド等による分散・受入環境整備が進められています。
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/113533/r6-1_siryou3.pdf
■鎌倉市|AIカメラによるオーバーツーリズム対策実証実験
鎌倉市と株式会社SKIDAYは、鎌倉高校前駅周辺でAIカメラを活用したオーバーツーリズム対策の実証実験を実施しています。来訪者数、路上撮影、私有地への立ち入り、路上駐停車などを把握し、今後の警備体制検討に活用します。また、ライブ配信による混雑可視化で来訪者の分散を促し、注意喚起看板と組み合わせてマナー違反の抑制効果も検証します。映像はぼかし処理を行い、プライバシーにも配慮されています。
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kankou/aicamera.html
課題のサマリー
鎌倉駅周辺や小町通り周辺に暮らす地域住民、通勤・通学で駅やバスを使う人、日常的に買い物や外食をする地元住民。
神奈川県鎌倉市、特に鎌倉駅周辺、小町通り、鶴岡八幡宮周辺、若宮大路周辺、住宅街につながる裏道、バス・タクシー乗り場、地域の飲食店周辺。
観光客の増加そのものが即座に大きな実害を生んでいるというより、混雑、交通、バス利用、タクシー待ち、住宅街への流入、地元店への観光客流入など、小さな不便が日常的に蓄積している。一方で、地域全体としては観光収入の恩恵もあり、建設的な解決方法が求められる。
課題説明
鎌倉は、観光地としての魅力と生活の場としての機能が非常に近い距離で重なり合う地域です。小町通り、鶴岡八幡宮、江ノ電、海岸、歴史資源などが徒歩圏内に集まり、国内外から多くの観光客が訪れます。
地域住民から見ると、観光客の増加による困りごとは「生活できないほど深刻」というより、「小さな不便が日々積み重なる」形で現れています。駅に向かうために混雑した小町通りを通らざるを得ない。バスの乗り方が分からない観光客によって乗降に時間がかかる。タクシー乗り場には以前より長い列ができている。住宅街の裏道に観光客が入り込むことがある。地元住民向けだった飲食店にも、Googleマップなどを見た観光客が訪れるようになっている。
ただし、渋谷や京都の一部地域のように、騒音、ゴミ、治安悪化が大きな問題として顕在化しているわけではありません。鎌倉には、地域住民や店舗、ボランティアによる清掃文化もあり、街の秩序は一定程度保たれています。そのため、課題は「観光客を排除したい」という単純なものではなく、観光によるにぎわいを保ちながら、生活圏への過度なにじみ出しをどう抑えるかという、より繊細なものです。
また、観光客の分散には大きな事業機会もあります。歴史資源を起点にした回遊ルート、IPやアニメ・映画との連携、スタンプラリー、コスプレ体験、休憩所や荷物置き場の整備など、観光客の行動を自然に分散させる仕組みには可能性があります。特に、地域に点在する公民館や使われていない施設を休憩所として活用できれば、観光客の満足度向上と地域負荷の軽減を同時に実現できる可能性があります。
一方で、こうした取り組みを実装するには、自治会、自治体、商店街、地域住民、施設管理者との調整が不可欠です。観光DXや行動設計だけでは解決できず、地域内の合意形成や現場交渉が最大のハードルになります。
鎌倉市在住者 プロフィール
インタビュー
鎌倉に20年以上暮らして見えた変化
──まず、鎌倉にはどれくらい住まわれているのでしょうか。
Aさん: もう20年くらいになります。21年目です。最初は鎌倉駅前のマンションに住んでいて、今の場所に移ったのは10年ほど前です。今は小町通りから一本入ったあたりに住んでいます。
──鎌倉を選んだ理由は何だったのでしょうか。
Aさん: もともと強いゆかりがあったわけではありません。東京に住んでいたのですが、子どもが少し喘息気味だったこともあり、空気のきれいなところに移ろうという話になりました。たまたま見に来たマンションが気に入り、1年がかりで購入したという感じです。当時の勤務先も六本木で、鎌倉からでも通える範囲でした。
──20年前の鎌倉は、今と比べて混雑していましたか。
Aさん: 20年前は、今ほどではありませんでした。花火大会やゴールデンウィークの時期は混むこともありましたが、普段から人であふれているという感じではなかったです。観光地としてのにぎわいはありましたが、今のように海外の方を毎日見るような状態ではありませんでした。
インバウンド増加と、日常に入り込む観光客
──海外からの観光客が増えた実感はありますか。
Aさん: あります。海外の方は本当に増えました。特にここ半年くらいは、19時以降でも小町通りの裏道に観光客がいることが増えています。民泊のような宿泊施設や小さなホテルもあるので、泊まっている方が夕食を探して歩いているのだと思います。
──住民として、実害を感じる場面はありますか。
Aさん: 大きな実害というほどではありません。強いて言えば、人が多いことです。自分の家から駅に行くために小町通りを通らざるを得ないので、そこが混んでいると少し大変です。ただ、住みにくいというほどではありません。娘は人の多さをかなり嫌がっていますが、私自身はある程度慣れています。
──ゴミや騒音などはどうでしょうか。
Aさん: ゴミはそこまで目立ちません。毎朝、お店の方や近所の方、ボランティアの方が掃除しているので、街はきれいに保たれています。住宅街のような場所では、たまにゴミが落ちていることもありますが、大きな問題というほどではありません。騒ぐ人もあまり見ません。酔っ払った日本人の方が目立つこともあるくらいです。
小さな不便が蓄積するオーバーツーリズム
──鎌倉のオーバーツーリズムは、深刻な問題というより、少しずつ不便が積み重なっているような印象でしょうか。
Aさん: そうですね。引っ越さなければいけないほどではありません。ただ、コップに水が少しずつ溜まっていくような小さなことがたくさんあります。一つひとつは大きな問題ではないのですが、それが日常的に積み重なっています。
──例えば、どのような場面で感じますか。
Aさん: バスに乗る時です。海外の方が乗り方や料金の仕組みが分からず、そこで止まってしまうことがあります。普段からバスを使っている人にとっては、少し困る場面です。あとはタクシー乗り場ですね。以前は終電の時間くらいしか並んでいませんでしたが、今は普通の時間帯でも10分、20分くらい並んでいることがあります。
──タクシーは、観光客が使うことが増えているのでしょうか。
Aさん: 増えていると思います。海外の方にとっては、日本のタクシーが比較的安く感じられるのかもしれません。鎌倉から江の島くらいまでなら、海外の感覚では十分使う距離なのだと思います。
生活道路と観光道路の境界が曖昧になる
──観光客に避けてほしい道やエリアはありますか。
Aさん: 住宅街の裏道ですね。地元の人間しか通らないような道があります。観光客が通る必要は特にない道なので、そこは避けてもらえるとありがたいです。観光スポットがあるわけでもない、本当に普通の生活道路です。
──生活圏に入り込まないようなアラートや案内があると良いのでしょうか。
Aさん: あると嬉しいですね。ここから先は生活エリアです、というような案内があれば、住民としては助かります。観光客の方も、知らずに入ってしまっているだけだと思うので。
──車の混雑についてはどうでしょうか。
Aさん: 車は昔から混んでいます。若宮大路沿いや鶴岡八幡宮周辺、海岸沿いは混みます。ただ、そこはインバウンドというより、鎌倉が昔から持っている観光地としての交通課題です。私は裏道を知っているので車を出せますが、知らない人はかなり出しづらいと思います。

社会科見学と時間帯集中の問題
──混雑が特に大きくなる時間帯はありますか。
Aさん: 昼から15時、16時くらいにかけては、社会科見学の小学生や中学生が多いです。特にこの時期は本当に多いですね。駅や電車もかなり混みます。子どもたちが悪いわけではありませんが、人数が重なるとかなりの混雑になります。
──時間帯の分散ができると良さそうですか。
Aさん: そう思います。社会科見学は、ある程度行動パターンが決まっているはずなので、午前中はこっち、午後はこっち、お土産の時間はこの時間、というように分散できるといいのではないでしょうか。最初から重ならないように設計できる余地はあると思います。
地元の店にも観光客が入ってくる時代
──地元の人が行く店と観光客が行く店は、分かれているのでしょうか。
Aさん: 以前は分かれていましたが、最近はグラデーションになっています。Googleマップなどで評価が見えるようになったことで、昔から地元の人しか行かなかったような雑居ビルの2階にある小料理屋にも、観光客が来るようになりました。
──それはポジティブなことですか、ネガティブなことですか。
Aさん: 難しいです。自分が地方に観光に行ったら、そういう地元の店に行きたいと思うので、自分だけ断るのは矛盾している気もします。ただ、地元の人間からすると、昔ながらの気軽な店が減ってしまった感覚もあります。コロナで安い居酒屋のような店がなくなってしまったので、地元民向けの店が復活すると嬉しいです。
──観光客を受け入れる店と、地元住民向けの店の棲み分けが必要なのかもしれません。
Aさん: そうですね。観光客を歓迎する店に人が流れて、地元の人が普段使いできる場所も残るといいと思います。
観光客を分散させるには、歴史・IP・体験が鍵になる
──観光客を分散させるには、どのような方法が考えられそうですか。
Aさん: 歴史を起点にした回遊は王道だと思います。社会科見学の子どもたちは、そうやって鎌倉を回ります。それを観光客向けにも設計できれば、小町通りや鶴岡八幡宮だけでなく、他の場所にも人が流れる可能性があります。
──ウォークラリーやスタンプラリーのような形でしょうか。
Aさん: そうですね。以前、会社でも周遊を起こす話をしたことがありますが、その時もIPやスタンプラリーの話になりました。オリジナルIPを育てるのは難しいですが、既存のアニメや映画、漫画と連携する方法はあると思います。
──鎌倉とIPの相性は良さそうですか。
Aさん: あると思います。映画化やアニメ化が決まった作品と早い段階で連携できれば、プロモーションとして受け入れてもらえる可能性があります。大きなIPでなくても、原作が一定数売れている作品なら、ファンが訪れるきっかけになります。売れる前に連携することができれば、地域側にとっても事業機会になると思います。
──コスプレや歴史体験のようなものはどうでしょうか。
Aさん: もっと流行っていいと思います。鎌倉には浴衣のレンタルはありますが、歴史系のコスプレや侍、忍者のような体験はまだ少ない印象です。例えば寺の前や歴史スポットに時間ごとにそうした演出があれば、人の流れを分散できるかもしれません。
休憩所不足という見落とされた課題
──観光客向けに、他に足りないものはありますか。
Aさん: 休憩所はかなり欲しいと思います。特に夏は暑いですし、観光客が少し休める場所があると良いです。実は地域には公民館のような施設が点在しています。クーラーもあり、20人から30人くらい入れる場所もありますが、十分に活用されていないところもあります。
──公民館を観光客向けの休憩所として活用するということですか。
Aさん: 可能性はあると思います。30分いくら、1時間いくらで使えるようにして、スマホを充電したり、飲み物を飲んだり、少し休んだりできる場所にする。観光客にとっても助かりますし、地域にとっても収益や管理費につながるかもしれません。
──誰が管理しているのでしょうか。
Aさん: 地域の自治会や自治会長が管理しているケースが多いと思います。市から委託を受けているような形です。そのため、使うには自治会ごとに交渉が必要になるはずです。
──実現するうえでのハードルは何でしょうか。
Aさん: 交渉です。自治会長は高齢の方も多いですし、地域ごとに事情も違います。お金を払うから貸してください、掃除もします、管理者も置きます、という話を一つひとつ進める必要があります。そこはAIでは解決できません。人が地域に入って、丁寧に交渉する必要があります。
付加価値を高めた回遊を
──どんな解決が理想ですか
Aさん: 観光の付加価値を高めながら、結果的に混雑や生活圏への負荷が下がる形の方が現実的だと思います。
──観光客を減らすのではなく、動き方を変えるということですね。
Aさん: そうです。観光客に来ないでほしいわけではありません。せっかく来るなら、小町通りや鶴岡八幡宮だけでなく、他の場所にも行ってほしい。歴史を知ったり、地域の別の魅力に触れたりしてもらえると、地域にとっても観光客にとっても良いと思います。
スタートアップが取り組む余地
──スタートアップがこの領域に取り組むとしたら、どこに可能性がありそうでしょうか。
Aさん: 一つは、観光客の回遊を設計する仕組みです。歴史、IP、スタンプラリー、体験コンテンツを組み合わせて、人の流れを自然に分散させる。もう一つは、休憩所や地域施設の活用です。使われていない場所を観光客向けに開き、地域にも収益が戻る仕組みがあると面白いと思います。
──一方で、地域交渉が大きな壁になりそうです。
Aさん: そこが一番大変だと思います。アプリやサービスを作るだけでは足りません。自治会、商店街、自治体、地域住民と話して、許諾を取り、運用できる形にする必要があります。そこまでできれば、かなり強い事業になると思います。
──最後に、鎌倉の観光課題を一言で言うと、どのようなものでしょうか。
Aさん: 大きな一つの問題というより、小さな不便がたくさんある状態です。外から見ると「オーバーツーリズムで住民がすごく困っている」と見えるかもしれませんが、実際はもう少し複雑です。日常に溶け込んでいる不便をどう見つけて、観光の価値を高めながら解決するかが大事だと思います。