佐賀県伊万里市に先祖代々の山林を保有する、川原氏とその次世代の家族
林業の担い手が消滅し、戦後に植林された杉が伐採期を過ぎて放置されている地方の山間部
正確な境界がアナログな伝承でしか存在せず、管理コストや災害時の賠償責任だけが相続され、所有のメリットが消失している。
課題説明
時間軸の歪み: 戦後の拡大造林政策により植えられた杉は、30〜50年の歳月を経て伐採期を迎えている。しかし、この数十年で林業の収益性は激減し、かつて「資産」だった山は、今や手入れ不足による土砂崩れリスクを抱えた「負の遺産」へと変質した。所有者の世代交代が進む一方で、次世代は現地の状況を把握しておらず、管理のノウハウも断絶している。
コスト構造の矛盾: 山林を正確に把握するための測量には多額の費用がかかるが、そこから得られる木材の価値はそれを下回ることが多い。また、災害が発生した際の復旧責任は所有者に帰属するが、行政は「民有地」であることを理由に予防措置への公金投入を制限する。結果として、所有者は「何か起きるまで放置する」という、最もリスクの高い選択を強いられている。
技術の空白: 登記簿上の面積と現地の境界が一致しない「情報の非対称性」が深刻である。かつては石積みや樹木といったアナログな指標で境界を管理していたが、地形の変貌や記憶の風化により、既存の測量技術やITツールを導入する前段階の「正解データ」が欠落している。計測不能な因子が多すぎるため、スマート林業などの最新技術も、末端の個人所有地までは届いていない。
川原司さん・西澤菜緒さん プロフィール
インタビュー
境界は「石」と「記憶」の中:アナログ管理の限界
──現在の山の所有状況について教えてください。
川原:佐賀県伊万里市の山の上に、約4,300平米の土地を持っています。もともとは私の親父が持っていた山の一部を、温泉が出ると聞いて100万円で買い取ったものです。登記簿謄本はありますが、実際に行ってみて「どこからどこまでが自分の土地か」と言われると、正確にはわかりません。
大半の土地は弟が相続しましたが、どこにどんな山があるか知らないと思います。
──境界を特定する術はないのでしょうか?
川原:昔は親父が一緒に歩いて「この石を積んであるところから、あっちまでだ」と教えてくれました。でも、写真は残っていないし、景色も変わる。
市町村が地籍調査を進めてはいますが、個人が売買や正確な杭打ちをしようと思えば、自費でお金を用意して専門家に測量を頼まなければなりません。でも、そこまでして山を守るメリットが見出せないのが本音です。
──価値が不明瞭なままでは、誰も動けませんよね。
川原:よっぽど価値のある木材が採れそうとか、大きな利益が出るなら調べます。実際に木材会社が伐採の相談を持ち込んできた時に、みんな初めて境界線を改めて見直しているのが現状でしょう。
「管理したい人がいない」:崩壊する所有のインセンティブ
──現場で感じる、山の「管理」に対する意識はどう変化していますか?
川原:一言で言えば、もう「いらない」人が多いんですよ。「誰か管理してくれる人がいるなら、うちの山をあげるよ」という話が普通に飛び交っています。今や山は持っているだけでコストとリスクになる。農家の人たちが自分たちで枝打ち(枝を切ること)をして、真っ直ぐな木に育てるなんていう余裕も、専門的な林業の担い手もこの地域にはもういません。
──かつては地域コミュニティで山を守っていたと聞きました。
川原:親父の代が1代目です。地域の人たちがみんなで一緒に「木を植えて、将来のお金にしよう」と雑木林を切り開いた。でも、その結果としての今の杉林は、手入れがされずに放置され、根が深く張らないから土砂崩れが起きやすくなっている。20~30年経って木がさらに大きくなった時、誰も管理できない巨大なリスクだけが残されることになります。
被害を受ける側としての憤り:制度が招く「待ち」の姿勢
──実際に山に関連して、被害を受ける側として困った経験があるそうですね。
川原:以前、経営していた工場の隣がまさに他人の山だったんですが、そこが崖崩れしそうだったんです。大雨のたびに大量の土砂と杉の葉が落ちてきて、工場の雨どいを詰まらせ、屋根を傷める。でも、その山の持ち主が誰かわからないし、ようやく自力で特定しても対策をしてくれない。
──行政は介入してくれなかったのですか?
川原:市役所に相談しても「そこは私有地だから、行政は手を出せない」と。崩れた後なら災害復旧として動けるが、崩れる前には何もできないと言うんです。結局、こちらが自費で土嚢を作って、他人の土地から流れてくる土をせき止めていました。なぜ被害を受ける側が、他人の土地の管理不全をカバーするために金を払わなければならないのか。
──なおさんは、こうした実態を聞いてどう感じますか?
なお:怖いですよね。山があることは知っていても、どこにあるのか、何をすべきなのか全くわからない。相続した瞬間に、見たこともない山の損害賠償リスクだけがやってくる。「何かあった時だけ所有者の責任」と言われるのは、次世代としては荷が重いなと思いますね。
──実際に保有している山が崖崩れを起こしたこともあるんですよね。
市町村から「崩れていますよ」と連絡がありました。その時は、公道に土砂が崩れたので、市町村が復旧に動いてくれました。もし私有地だったり、近くの民家に影響していたら、私たちでどうにかしないといけなかったですね。
──山林には保険はないのでしょうか?
規模が大きすぎて保証しようがないんじゃないでしょうか。保険が用意されているとは聞いたことがありませんね。
「稼げるコミュニティ」が山を救うか:小水力発電の希望
──解決の糸口になるような動きはありますか?
川原:佐賀県の松隈地区では、地域住民が株主となって「小水力発電」を運営しています。月に100万円ほどの利益が出て、それを地域の草むしりや高齢者のタクシー代に還元しているんです。単にお金を配るのではなく、「町のために動いた人に払う」仕組みが、コミュニティを再建させています。
──「相続してもメリットがない」という構造を、どう変えるかが鍵ですね。
川原:そうです。山そのものに「稼ぐ力」や「存在価値」を持たせないと。今後はドローンでの管理や、大規模な機械を共同保有して一気に伐採・再植林するような仕組みが必要です。個人ではもう限界。外部から新しい技術やアイデアを持った人が来て、中の人間と信頼を築いて動かすしかないんです。
誰かの困りごとを、次の事業に変える一歩を踏み出しませんか。